」は縦中横] 若宮の室

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(血まなこになった若宮がフーフーあえぎながら、畳を二枚はがして、その下に敷いてあった書類や株券をカバンにさらいこんでいる。そばには開け放した中型の金庫のわきに、テープをかけた紙幣束が、うず高く積んである。……)
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私 (ふすまの外の廊下から)若宮さん。若宮さん!
若宮 (ビクンとして)……だ、だれだ?
私 いや、私だ。
若宮 開けてはいけない! 入って来ちゃ、いけない!
私 私ですよ。(言いながら、ふすまを開ける)どうしたんです?
若宮 あ!(と紙幣束を身体でかくして)困りますよ。どうして、あなた――
私 (相手のけんまくにおどろいて)……どうしました?
若宮 な、なんです?
私 いや……須永、さっきの須永、どこに居るか知りませんか?
若宮 知らない。どうかしましたか?
私 そうですか。いや別に。
若宮 早くなんとか警察に引き渡すとか、なんとか、してくれないかな。あんな物騒な、あなた、何をしでかすか、わかったもんじゃない。わしは、もう――
私 (その辺を見まわして)逃げ出すんですか?
若宮 いいや、わしが逃げ出す筋は無い。しかしこの、とにかく人を殺して来た男だ、又、この――
私 大丈夫ですよ。おとなしい男です。
若宮 おとなしい男が、仮りにも自分の女の父親をしめて、次ぎ次ぎと、あんた――
私 いや、須永は大丈夫です。それよりも省三君に気をつけた方がよい。ひどく気を立てている。
若宮 省三? 省三君がどうしたんです?
私 須永がなにしたのは、自分の好きな女の義理の父だった。あんたは房代さんの父親だ。
若宮 ヘ! そ、そんな、木に竹をついだような。房代はわしの娘だけど、あれは自由に勝手にやっている奴だ。わしとは縁もゆかりも有りゃしない。わしの知ったこっちゃありませんよ。
私 須永の女の父は元軍人で今ブローカアで、国民運動やってた。あなたは株屋で、追放政治家と組んで何かしようとしている。いろいろと、なんか似てる。それに省三君は、ああいう一本気の激しい――
若宮 じょ、冗談! ヘヘ、それよりも、あの須永と言うのを一刻も早く、なんとかして。あんたの責任だ。
私 だから、捜しているんだが――?
若宮 モモコの所か柳子の所だ。あいつはモモコの後をくっつき歩いているし、柳子は眼を釣り上げて、あいつの尻を追いまわしている。へっ!
私 柳子さんは全体どうしたと言うんだ?
若宮 わしの知ってる間だってもう五六年も男っきれを寄せつけなかった女だ。バクチに血道をあげちまって、色気の方はフタをしちまった。フタをしたって、無くなったんじゃない。内にゃ、あんた、クツクツ煮えて溜ってまさあ。そいつが時々ワザをするんだな。須永を見て――ただの須永てえ男だけなら、そんな事あ無いさ。現に夕刊のあれを知るまで何の事あ無かったもの。ヘヘ! 柳子は金をこさえて須永といっしょに逃げる気らしい。
私 嘘だ。
若宮 嘘じゃ無い。現に先程ここへ来て、手持の株から此の家の書類まで全部投げ出して、金を貸してくれと私に――あの権高な女が、この私に頭あ下げましたよ。本気だ。狂ったね女あ。
私 しかし、ああして三味線ひいている。
若宮 あれは、それでも、自分で気を落ちつけようとして弾いてるんだ。気が立ってくると、あの女あ、いつでもああです。(その三味線の音に二人が耳をやったトタンに、それまでズッと聞こえていたその音が大きくなり、ベリベリ、バリンと叩きつけるように響いて、ピタリと止む)
私 …………(そっちに気をとられている)
若宮 ……(ニヤリとして)昔、聞いた事がある。人殺しの兇状持ちの男が洲崎の遊廓に逃げこんだ。

     16[#「16」は縦中横] 柳子の室

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(その深紅のじゅうたんの所が明るくなる。
そこに椅子の上にキチンと坐って、たった今まで弾いていた三味線の、三本の糸がバラリと掻き切れたのを左手に、右手に象牙のバチを振りかぶる様に持った柳子が、何かに魅入られたように一方の方を見守っている。その視線の先のじゅうたんの端の所に須永がボンヤリ立っている。……※[#始め二重括弧、1−2−54]この場合の柳子と須永はパントマイム。そして前の場の若宮の室は暗くならず、若宮が私に語る話も、そのまま続けられるので、同時に二カ所で事が進行する※[#終わり二重括弧、1−2−55])
[#ここで字下げ終わり]
若宮 その時もそいつは追いかけて来た人間を三四人も斬っていたそうで、返り血でもって全身血だらけだったそうだ。そのナリで何とか言う大きな女部屋の構え内へ飛び込んだ。騒ぎになった。
須永 モモコさんは――モモコさんは、どこでしょう? ……(柳子は無言で、眼は須永の顔の上に据えたまま、三味線とバチをわ
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