る。奥の間からアサが取り乱した姿でふてくされてユツクリ出る。
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客二 ……おい、もう一つ。
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アサ酒を注いでやる。
――間――
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客二 ……どうしたんだい? (アサが足を拡げて立つたままシク/\泣き出す)どうしたんだ?
アサ 畜生! 色魔! 私を、私の事をほつたらかして……お辻もお辻の奴だ! 球突きのおやぢからチツトもかまつて貰へねえもんだで、かつえやがつて! (泣く。泣きながらしかし、店の内が変な事に気が附いて涙のこぼれてゐる顔をキヨロつかせる)……ウエーン、逃げやがつた/\、畜生、飲み逃げだあ。(外にとび出すが、やがて、あきらめて戻つてくる)
客二 (こみ上げて来る笑ひを制しながら)喧嘩なんかしてゐるからだよ……ときに二階の球突きはどうしたんだい? (相手が返事をしないので)立退きを食つてるのか?
アサ ……(うなづいて)二階の旦那あ可哀想に骨までしやぶられてしまうんだ。一番恐ろしいのは白木ですよ、いつもピストル持つてるつて云ふからね。
客二 ……今行つた?
アサ えゝ、(客二は黙つて飲みはじめる)事件屋なんですがね、此の建物の持主の松田と言ふ人に頼まれて、十軒あまりの店屋を片つぱしから追立てちやつてね、そりやみんな泣いてゐましたよ。向う角の炭屋のお神さんは、白木からあんまりむごい追立てを食つたために、気が変になつちやつたし……あいつのためにどれだけの人が泣かされてるか判りませんよ。ところが白木の奴、そんなむごい真似をしておきながら、うまいこと裏をくぐつてゐるんだからね。何にも判らない私達だつて、癪にも障るだらうぢや無えかね! さうだらう、お客さん?
客二 さうさなあ……もう一杯呉れよ。アハハ、金は有るよ。
アサ (酒を注いで)さうですとも! おらが若し神様だつたら、あんな奴等はみんな叩き殺してドブん中へ投込んでやる!
客二 此処のオヤヂも叩き殺すのか?
アサ へ、旦那を? 旦那は、さうさ……さうだなあ、あれは、旦那は今迷ひ込んでんだからね……根はさう悪い人ぢや無えですよ。
客二 ハハハハ。
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往来の方から四十位と三十四五の二人の男が出て来て眼くばせを交して、店のドアへ寄つて来る。若い方はダブルの背広、年上の方は和服の着流し、――そこへ、不意にコールテン服の男がスツと近寄つて来る。
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男三 ……おい、お前さん方あ――?
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二人連〈れ〉はサツと身を引いて開き、双方しばらく無言で相対する。
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男一 ……(押し殺した声で)お控へなさい……お前さんは?
男三 私あ、此の裏の柴田です。
男一 私あ、麹町の久賀山です。これは弟でございます。
男三 お名前はかね/″\承つて居ります。でなんですかい、御用のすじは?
男一 外でもござんせんが、聞き及びますりや、そこの鉄造さんの処ぢや近頃結構なお話しがおありなさるやうだが、こちらも満《まん》ざら知らねえ仲でもなし、何か御挨拶の一つ位あつてもよからうと思ひまして、参つたわけでございます。事が、白木さんに御挨拶をしなきやならない筋合ひではございません。
男三 ぢや、お通んなさい。(言つてスツと闇に消える)
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以上の事は素早く、殆んど瞬間に行はれる。男一と二はドアを押して店に入る。
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アサ もう駄目ですよ、時間過ぎですから。(さう言ふアサを男二が黙つて押しのける)もう駄目ですつたら。
男一 おやぢさんに麹町の久賀山がお目にかかりたいと言つてくんな。
アサ ……今、今居ませんよ。
男一 居ない筈はねえ。
アサ なんの御用ですか。
男一 此の家屋の事に就いて御相談したいことがあつて来たつて、さう言つてくれ。
男二 おい、ねえちやん、早えとこ頼むぜ、いい子だから。(アサの腰に手をやる)
アサ なんだい! フン、糞面白くも無い。ゐないと言つたら――
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と云ひかけてゐる中に、男二、出しぬけにステツキをふり廻す。
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客二 ……おい、どうしたんだよ? なんだいあんた方あ?
男二 おめえこそ、なんだ?
客二 物騒な物を持つてゐますねえ?
男二 なによつ!
客二 まあ/\さう怒るなつてえことよ。
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客二を先程からヂツと見てゐた男が、あつと低い声を出し、男二の背広のスソを引張る。
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男二 なんだよ? ……(男一が耳打ち)……え? ひこ? 彦か? そいつあいけねえ。(客二をちらツと見る。青くなつてゐる)
男一 どうも、お見それしちやつて……(ペコペコする。男二もペコペコする。二人コソコソと出て行つてしまふ)
客二 ……なあんだい? ハハどうした、やられたのかい?
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アサは面喰つて言葉も出ず、眼をパシパシさせてゐる。
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客二 用心しなきや、いけないよ、夜中になると、いろんなのが出るよ……。(杯をなめる。そこへ「おぢさん、花買つて頂戴」と言つて入つて来た小娘)そら出た。(アサ飛上る)ハハいらないよ。
娘 みんなで十銭にしとくから、買つてよ。おら、もう眠いから、まけちまう。(なるほど眼がくつつきそうだ)
客二 眠いのか? ……フン、ぢや買つてやらう。ほい。
娘 (金を受取り)ありがたう……(花を渡してフラ/\した足つきで出て行く)
客二 ハハ。(花をポケツトにねぢこんで)今、幾時だい?
アサ ……もう、二時過ぎかと――
客二 眠い筈だ……だが俺は、三時を廻つたかと思つてゐた。
[#ここから2字下げ]
不意に階上で人の喚き立てる声(主として白木と鉄造とミル)。続いてドタバタドシンと言ふ騒ぎ。客二天井を仰ぐ。
[#ここで字下げ終わり]
客二 いけねえ、酒ん中にホコリが落ちて来やがつた。
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二階の騒音の中でミルの声「こん畜生!」、白木の声「あぶないつ! こら!」、お辻の声「ミル! 白木さん! どつちも危いぢやないか!」と言ふのだけがハツキリ聞える。続いて、バシン! といふ様な鋭い響。ギヨツとして天井を見上げるアサ。客二もギクリとして天井を睨んだまま。
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[#地付き]――幕――
[#3字下げ]第三幕(第一幕に同じ)ビリヤード室[#「第三幕(第一幕に同じ)ビリヤード室」は中見出し]
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一騒動あつた直後らしく、殺気立つた顔で総立ちになつて睨み合つてゐる五人――彦六とミルは畳敷の上に。白木と鉄造とお辻は床の方に。ミルは今迄振り廻してゐたらしい刀を抜身のまま右手に振りかぶつて、肩で息をしながら、床の三人の方を睨んでゐる。その左手は彦六に掴まれてゐる。白木は球台を楯に取つて、右手に黒い物を握りしめてゐる。鉄造は長椅子の所でちぢみ上つてゐる。
[#ここで字下げ終わり]
――間――
お辻 ……人が来ると、うるさい!
ミル 畜生!(豹の子の様な唸声を出す)
白木 あゝ誰かあがつて来たぞ!(階段の方と室内をパツパツと見て、掌中の物を球台の下に差し込む)正宗さん、頼む! サツを割込まさうなんてえ、卑怯な真似はあんたも考へちやゐまいね。
[#ここから2字下げ]
言はれて彦六はせせら笑ひをしながらチヨツト考へてゐたが、直ぐにそのままミルの身体を抱くやうにして、裂けたまま下つてゐるカーテンの奥へ押し込んでしまひ、自分は寝床にゴロリと横になつて毛布を被る。白木は鉄造にめくばせし、キユーを二本取り、鉄造に一本持たせる。階段に足音。お辻、球のサツクを持つて来て、球台の上に球をばらまく。白木がいきなり球を突く。押殺した短い間。
[#ここで字下げ終わり]
お辻 ……三つ。……五つ。
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ドアを押して客二がスイと入つて来る。
[#ここで字下げ終わり]
お辻 ……おや、いらつしやい……七つ。
客二 (室内を見廻す)なんだい、今のは?
お辻 今のつて? 九つ。九つ当り。
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ゲーム盤をカチヤリと鳴らす。白木、横目で客二を見る。
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客二 いや、今の音は?
白木 ……あゝ(階下で見た客であることに気が附いて)私がさつきキユーを倒したから、大方それだらう。
客二 (鉄造を見る)ひどく顫へますね?
お辻 お突きんなりますか?
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客二、返事をしないでニヤツとする。
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お辻 (笑顔を見て、不意に相手を認め、思はず立上る)あ! 彦一!
白木 え?(お辻と客二を見較べてゐる)
鉄造 彦一さんだ!(呆然と見詰める)
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向うを向いて寝てゐた彦六が、ウツ! と言つて此方を向き、客二を見るや起きあがる。無言で見合つてゐる父と息子。
間。
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鉄造 ……変つた。……今の今迄気が附かなかつた。
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ミル、カーテンの蔭から抜身を持つて飛び出して来る。上り端に立つたまま兄を見詰める。怒つた様にムツとした顔。刀が手から落ちる。
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ミル あゝ、兄さん!
彦一 ……大きくなつたなあ、お千代……(ミルの左手に目を付けて)ああ、いけねえ、斬つたな。
ミル なに、かすつただけだ。
彦一 どれどれ。(腰から手拭ひを出して裂く)つまらない物をいぢくるから、怪我をするんだ。(ミルの指をしばつてやる)
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鉄造が白木に、しきりと耳打ちをしてゐる。
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彦一 痛いか?
ミル 痛くなんかない。
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突立つて繃帯をして貰つてゐたのが急に、オイオイ泣き出す。
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彦一 ……なんだ、出し抜けに?
ミル なぜもつと早く、帰つて来ない。兄さんの馬鹿!
彦一 どうしたつて言ふんだよ?
ミル (シヤクリ上げながら)うゝん。お父さんの事を寄つてたかつていぢめやがつて、パチンコまで打ちやがるんだ。誰が糞、怖いもんか、来い、畜生!
お辻 ……だつてさ、いきなり刃物を振りまはすんであぶなくつて仕様がないぢやないか。
白木 ……おどかしですよ。どうせ、初の一発は空らになつてるんだから。ハハ。うつちやつて置けば怪我人が出ますからね。
彦六 とにかく、今夜はもうおそいから、これで帰つて貰ひませう。
白木 いやあ、今夜こそハツキリ形を付けて貰はん事にや……とにかく、話だけは洗ひざらひしてしまつたんだから……
彦六 私の方も言ふだけは言つてしまひましたよ。
白木 そこを御相談してゐるんだ。少し此方にも同情して下さいよ。
彦六 同情なら此方こそしていただきたいもんだ。なんせかうした病人だ。叩き出されてどこへ行く先があるんです?
白木 あれだ。弱るなあ。あなただつて元が自由党で主義のために荒つぽいこともしたり、他人の罪までかぶつて暗いところに行つたほどの人ならこの位の理窟は解つてくれてもよかりさうなもんだ。こつちも金づくでやつてゐるんでもあるまいし。
彦六 ぢやあんたは、唯でこんな事を引うけてゐなさるのかね? それに今迄追立てられた十軒余りの店の、血の出るような立退料から、三割四割とピンをはねたのは、どこのどなたでした? ハハハ、ともかく、もう一度ツラでも洗つて出直して来たらどうだい?
白木 なんだと!
彦一 ……全体どうすれば、いいといふんです?
白木 ……早いとこ立退いてくれさえすりや、いいんだ。
お辻 (彦六に)いい加減にして下さいよ。あなたあ心がらだから本望か知れませんが、私や……
彦六 おい、お辻、私をうまく立退かせたら、五百円だけ貰へる約束になつてゐるのは誰だつけな? ……大分もうろくはしたが、これでまだ眼は見えるよ。
お辻 ……(青くなつてゐるが、やがて猛然と逆襲して来る)ぢあそれが悪かつたの? それと言ふのも、あなたが自分一人の我を張つて、私やミルちやんの事を……
ミル 私の事は言はないで頂戴。
お辻 第一、私が金を貰つたつて、そ
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