(五郎の眼に射すくめられて)……言ひはしませんよ。
五郎 さう。……(急に、小母さんと一緒に脱兎の様な早さで家の方向へ走り去つて行く)
母親 ……(さすがに実の母親で、思はずその後を追つて小走りに行きかけ)どうしたんだらうね? え、恵子? 美緒に何か――?
恵子 行かない方がいゝわよ、母さん。母さんが行つたつて、又病人が気を立てるばかりで、邪魔になるばかりよ。大丈夫よ。(肉身の姉に対する心配を感ずれば感ずるほど、美緒の病気に対する嫌悪の情も強くなる。その自分の矛盾を、母親を殆んど乱暴と言つていゝ程の動作で押しとゞめる事に依つて打切りながら)ソツとしといて、鎮まつてから行つてあげる方がいゝと言つたら!
母親 さうかねえ……。(やつぱり怖くて行きたくは無い。しかし心配で心配でたまらず、その辺をウロウロしたり、流れつぱなしになつてゐた涙を拭いたり、ウロウロした末にスケツチ板のカケラを無意識に拾ひ上げて、それを見たり、家の方向を見やつたりしてゐる)
恵子 きたないわよ、母さん! (これは割に落着いてゐるが、何と思つたか、不意に帯の間からコンパクトを出して、鏡で顔を覗いて白粉をはたきはじめる)…
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