美緒 だつてあなた、今頃になつて、避暑なんて、変ぢやないの?
五郎 邪推するのもいゝ加減にしないか。診療所が忙しくつて、みんなのキマリの休暇が今迄遅れてゐたのが、やつと土曜から三四日取れたから見舞ひかたがた行きたいと言ふんだよ。お前の病気に医者を呼ぶ必要が起きたら、そんな卑怯な真似を俺がするか。現に比企さんの妹も一緒に泳ぎに行くからと言つて来てゐる。
美緒 ……京子さんは、声楽の方はまだなすつてゐるのかしら?
五郎 さうらしいね。
美緒 ……そいで、夜具はどうするの? 二組なんて内には無くつてよ。
五郎 いや、此処は駄目だよ。そこの臨海亭にでも泊つてもらうさ。先方でもそんな積りらしい。
美緒 ぢや前もつて臨海亭に頼んで置かないと……。
五郎 なに、もう客は無いから大丈夫だよ。……でも、とにかく後で、さう言つとこう。
美緒 (噛みながら)……御飯すんだら、又、万葉集読んでね。
五郎 でもお前、俺の解釈を笑ふぢやないか。
美緒 ……だつて、をかしいんだもの。……でも万葉の歌と言ふのは、好きだ。……私にだつて解るわ。……歌なんて私には解らないと思つてゐたけど、この頃、わかるやうな気がする
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