言はれた画描きよ。……私もさう思つてゐるわ。
五郎 それ見ろ、それがお前の本音だ。……お前なんかに何がわかるもんか、天才なんてナンセンスだよ。世の中に天才なんて有るもんぢや無い。ありや形容詞だ。
美緒 ぢや、唯の才能と言つてもいゝわ。それをあなたは殺さうとしてゐるのよ……。
五郎 へん、そのセリフの一番最後にお前が言はうとして言はなかつたセリフを俺が言つてやらうか? 「私のために」と言ふんだ。へつ、しよつてらあ。お前なんぞのために、誰がどんなものでも殺すものか。亭主に犠牲を払はせてゐると思ひ、それを済まない済まないと思つてゐる事で以て、二重に良い気持でゐる病身の妻。……そんな気の良い役を自分だけで取らうというのはチツと虫が良過ぎるよ。もう今では、天才や才能なんかは死なゝきやいかんのだ。しかしそれは細君の病気の中やなんかで死ぬんぢやなくつて、今の時代の中でだ。そんな物はみんなぶち殺して、人民の中に叩き込まなきやならんのだ。叩き込んで、もう一度鋳直さなきやならんのだ。……今、日本は戦争をしてゐるんだぜ。
美緒 ……この近くだけでも、もう二人出征した人があるわね?……すまないと思ふ……それに
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