からいけない。自然にノドに流れ込むまで噛むんだ。そら今度はハムだ。
美緒 ……頤が、だるい。
五郎 口を利くな。生きてるんだから、頤ぐらゐだるいよ。……一切れのハムを十度噛めば十カロリー、百度噛めば一万カロリーだ。……一万は少し多過ぎるかな。いづれにしても、等比級数的に栄養は増すんだ。……医者の薬はあまり効かず候。小生の病気に最も有効なる療法は、うまい物を噛みに噛んで貪り食ふ事にて御座候。あまり噛むせゐか、近頃にてはどの歯もどの歯も欠け落ちて口中満足なる歯は一本も無き程に候。……子規居士に俺は賛成だな。……お前なんか、歯は全部満足にそろつてゐる。大したもんぢやないか。(養つてやりながら、美緒が噛んでゐる間を、退屈させまいとポツリポツリと話しつゞける)……なんだ、今のは、せいぜい三十度位だつたぜ。
美緒 ……(せつせと噛み込んでゐたが、息苦しくなつてハアハア言ひながら)……チヨツト、ストツプ。
五郎 苦しいのか? ……室の中で食つた方がよかつたかな。空気が少し荒い。……(美緒が首を横に振る)……タンか? (美緒がコツクリをする。五郎、チリ紙を出して、美緒の口に附けてソツと取つてやる)……
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