ントは解決出来ることじゃないかな。……厨川と言う人には一応残酷なようだけど、そんな事を言ってた日には、あなた自身はどうなるんだ? しかも結局は厨川と言う人にとっても、一時はつらくとも早く解決した方が良いんだ。……それに、その人の出征前から、あなたとその人の間は、うまく行ってなかったと、言ってましたね?
せい ええ……あの人に、ほかに良い人が居て――
誠 それなら尚の事じゃありませんか。
せい しかし、その女の人は、あの人が戻って来たら、もうどこに居るかわからなかったんですの。……私は、しかし、待っていました。……出征する前にうまく行ってなかったから、かえって私、とにかくあの人が戻って来るまでは待っていようと思って――待っていたんですの。意地だのなんだのって、そんなもんじゃありません。私にゃそうしか出来なかったんです。……戻って来たら、あらためてチャンと話をつけようと思って……そしたら、戻って来て見ると厨川は別れるわけには行かない、そう言って――
誠 そんな事は、どうでもいい事なんだ。問題はあなた自身の意見さえハッキリすれば、いっぺんに片附くことです。これだけ僕が口をすっぱくして言っても――
せい ……弱いんです私は。だけど……ですから……あなたには、わからない。
誠 わからない。あなたと三平叔父さんとの関係も僕にゃ、わからない。厨川との事が、どうにもならないでいるのに、一方で叔父さんと又――
せい あの方とは、なんでもありゃしないと、これ程言ってるじゃありませんの。
誠 ……本当にそうですか? 本当に?……(立って近ずいて来る)本当ですね?
せい ……そりゃ、ズット以前には、懇意にしていただいて――
誠 そんな事あ、どうでもいいんだ。本当ですね、せい子さん?
せい ……(泣く)わからないのよ、あなたには。……そんなものじゃありません。女の気持なんてものは、そんなものじゃ、ありません。
誠 ……(なにかギクンとして相手を見つめている)……しかし……僕の言っているのは……だから……(手を伸してせい子の肩に触れかけるが、又引っこめて、泣いている相手の姿を見ているうちに)駄目だ! あなたは、こんな家なぞに居ないで、今夜にでも厨川の方へ帰ったらどうだ?
せい ――(オロオロと取りとめなく言う)出て行けと、おっしゃれば出て行きます。もともと、私は、空襲で兄が死んじまったので行く先は無し、困っていたら――兄が昔、先生から教えていだいた事が有ると言う縁で、こうしてお手伝いしながら、御厄介になっているだけなんですから、出て行けとおっしゃれば――
誠 (子供のようにすすりあげる相手が憐れになればなる程イライラして来る)そんな! そんな事を僕は、そんな事を言ってるんじゃないんだ! 僕が、僕が言ってるのは――僕は、僕が、どんな風に考えているか、君は、よく知っているんだ!
せい ……ええ、そりゃ、わかっています。だから、ありがたいと思って――
誠 ありがたいなんて、そんな――僕ぁ一人の男として、あんたをなにしているんで――
せい (小さい声で)うれしいんですの、ですから。……しかし、でも、私、それで、どうすればいいんですの? ……弱いんです私。……そうは思っても、急に言われても、私には、どうにも出来ない――
誠 だから、あんたの手でそれをしろと言ってるんじゃない。あなたさえ、心をきめてくれれば、あとは僕が処置する。場合によって、厨川と言う人とあんたと僕と三人同席してようく話し合った上で、気持の上で三人とも無理のないようにしてですね――
せい いえ、とてもそんな事だめです。よして下さい。そんな人じゃないんです。とてもそりゃ、いちど間違うと、とんでもないムチャをする人で。こないだなども、どうでも戻って来ないと言うんなら、殺してしもう。……そう言ってアジ切りなど持ち出して、ホントに私の肩に切りつけたりして。……着物を斬られただけですけど。そう言った――いえ、以前はムチャはムチャでも、そんなあぶない真似なんかする人じゃありませんでした。それが出征している間に、なんだか、スッカリ気持が荒れて――自分じゃ、向うで患った熱病が、まだ抜けきらないせいだってって言いますけど――カッとすると、まるで気がへんになったみたいな――
誠 それは、そんな事をして見せると、君が、ちじみあがってしもう事を知っているためにやる事だ。とにかく、僕が一度逢って見る。おだやかに話せない問題ではないんだ。
せい いけません。そんな――いいえ、私からよく話して、なにしますから、もう少し気長に――
誠 君にまかしとけば、いつの事になるかわからない。
せい 大丈夫ですから――
誠 だつて、もう二カ月も三カ月も同じ状態で少しも話が進みはしない。君の心持さえハッキリきまっていれば、こんな事、結局はそんなにゴタゴタする筈はないと僕ぁ思う。……もしかすると、君の方に……君の方に、まだこの、みれんと言ったような――
せい そんな、そんな事は有りません。そんな、誠さん――ひどいわ。
誠 じゃ、なぜ――?
せい ……わからない。あなたには、わからないのよ。
誠 ……わからなくたっていいんだ。僕が君をホントになにしている事さえハッキリわかっていれば、そのほかに問題は無いんだから。――そうだろう? 此方へ向きたまえ、そうじゃないの? ……(そうして言葉を切り、首うなだれて立っているせい子の姿を見ているうちにカッとして荒々しく相手の肩をつかむ。その力でせい子がヨロヨロと倒れかける。それを倒れさせまいと、誠がその肩を抱きとめる。――そのままで低くすすりあげているせい子。……薄暗い中で黙ってしまって立っている二人。……やがて天井の電燈がスッとついてあたりが明るくなる。さまで大きい燭光の電燈でもないが今まで暗かったために、まぶしい位に感じる。誠とせい子が身を離して、その辺を見まわす。そしてギョッとする。奥の出入口から室に入ったばかりの所に立停って此方を見ている欣二の姿。――しばらく前からそこに立って二人を見ていたらしい。……間……無表情な欣二の顔。せい子が耐えきれなくなって顔をそむけて炊事場の方へ行く。欣二歩き出して食卓の方へ来る。その欣二を、憎悪のこもった眼を光らせて見ている誠。欣二がユックリ椅子にかける)
誠 ……(低い声で)どうしたんだ?
欣二 ……? (誠の顔を見てニヤリと笑う)
誠 どうしたんだ?
欣二 うん?
誠 ……だまって入って来たりして。
欣二 此処は、兄さんだけの室じゃないだろう?
誠 いや、だから――電燈をなおしていると言うから――
欣二 だから、ついたよ。(あごで天井を指す)テープを僕ぁ取りに来たんだ。そしたら、お父さんが、なおしちゃったらしいや。テープはいらんだろう。フフ!
誠 何を笑う?
欣二 だって、お父さんは電気の事なんか、なんにも知らん。それが、僕がいくらいじくってもなおらんやつを、一人でお父さんがデタラメにいじくっているうちになおっちゃった。フフフ!
誠 欣二、俺ぁ、まじめな気持でしている事だ。それをお前が――許さんぞ僕ぁ!
欣二 兄さんのしている事が、なんでもかんでも、まじめだって事ぁ、知ってるよ。兄さん自身がそう言うんだからそれにまちがいはないさ、だから、それでいいじゃないか。それよりも、さっき、此方でワイワイ言ってたなあ誰なの? どうしたの?
せい ……それは、あの、へんな人が犬小屋に――
欣二 え? 犬小屋――?
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(そこへ、顔の色を変えた双葉が、上手扉から小走りに入って来て、急いで炊事場へ行き、そこの棚の奥の鼠入らずのようになった個所をカタカタ言わせて開ける。室内の三人びっくりしてそれを見ている)
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双葉 ……(かなり大きなアルミのボールのカラのやつを引き出して、ああやっぱりと言った、一度ガックリと落胆した顔)ああ!
欣二 ……どうしたんだい?
双葉 ……うん。……(しばらくボンヤリしていたが、やがて耐えきれなくなって声をあげて泣き出す)
せい まあ、どうしたの、フーちゃん? どうして、そんな――? どうしたんですの? (双葉に寄って、その肩に手をかけ顔をのぞき込む)
柴田 (奥の出入口から入って来て、電燈がついているのでニコニコして)やあ、ついたな。――(しかし直ぐに、双葉の泣いているのに気附いて、びっくりして)……全体――?
双葉 これ! (と、せい子に、からのボールを示す)けさ、ふかしたパン。
せい パンが、しかし、どう――?
双葉 取られちまったの。……夕御飯に、みんな食べる物が無い。……(せい子、事情がわかってハッとしてその辺を見まわす)
柴田 (寄って来て)どうした?
三平 ……(上手扉からスタスタ入って来て、炊事場の双葉とせい子に眼をやり、すぐに事情がわかって)ああ、やっぱり、あいつが、やっちまったのか!
誠 どうしたんです?
三平 なに、なんにも言わんけどね――(何か問いかけそうにする柴田に向って)おお、ホーボ! (身をひるがえして扉を出て行く)
せい ですけども、あんだけのパンを。たりないながら、とにかく五人分ばかり有ったのを――
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(言っている所へ、三平が、きたないなりをした若い男の肩をこづくようにして連れて入って来る。そのうしろから圭子が入って来る。若い男はズボンをはき、藁くずなどの取りついたクシャクシャの頭髪に、真黒によごれたはだし。捕えられたための悪びれた様子は全くなく、ただいぶかるような表情の氷りついたようになった瞳で、喋る相手をキョトリと見ている。最後まで一言も言わないが、それは、言うべき事を持っていながら、何か理由が有って言わないのではない。だから、此の室の人間の中では、この男が一番落ちついている。時々、シャックリをする)
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三平 (柴田に)犬小屋から、へんな人間の足のようなものが突出しているから覗いて見たら、中でスースーいびきをかいて眠っているんですよ。(男の額を指でグイと突いて)おい、ユー! なんとか言ったら、どうだね? ぬすんだろう、お前がそこから、パンを? (男、三平を見て、ヒョコリとおじぎをする。サーカスで馴らされた熊などがするように単純きわまる、無表情な頭のさげかたである。そして再びボンヤリ三平を見て、シャックリをする)
柴田 ……しかし、そうだとすると、この室に入って来たことになるが? この室には私らが居たんじゃから――
せい でも、私は表の畑に出ていましたし、先生は床の下に入っていらして――その留守に、入って来れば来れない事はないわけですけど――しかし、あれだけのパンが一人で食べられるでしょうか? これ位のが、たしか七つか八つは有りましたよ、ねえ双葉さん?
双葉 ――(泣きやんでいたのが、コックリをする)
三平 君は一体、なんだえ? うん? (一同を見まわして)はじめっから、逃げようとする気も無いらしいんだ。(男に)こら! (男頭を下げる。その腹の辺に手を当てて)やっぱり、こりゃ、みんな食ったんだねえ。えらい腹をしてる!
欣二 ハハハ。
せい どういう人でしょう、これ?
圭子 上野へんに、こんな風な人なら、ずいぶん居ますよ。……頭が馬鹿になっちまってるんだわ。
三平 なりから見ると、どうも、そうらしいね。
柴田 (まじめに、男の顔を正面から見て)君はなんと言う人かね?
男 ……(ふしぎそうに相手を見ている)
欣二 おい、なんとか言えよ。(男のアゴの下をくすぐるような事をする。男、人の良さそうな薄ら笑いをする)よ!
双葉 いいわ。もう、よしてちょうだい。もう。よしてちょうだい!
誠 (それまで椅子にかけたまま、若い男の方を穴のあくほど見つめていたが、双葉のヒステリックな声で、その方を見る)どうしたんだよ?
双葉 もう、たくさん。もう、たくさんだから!
欣二 (男に)おい、いいから出て行きなよ。(男はキョトンと欣二を見ている)
三平 (男の事に興味を失ってしまって)あああ、腹がへった。おせいさん、なんか、なんでもいいから食べさし
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