な意味で僕が共産主義者になったのは、つかまってからなんです。ならざるを得なかったんだ。――つまり、いじめ抜かれたり、自分でも苦しんで、いろいろに考え悩んだ末に、僕がたどりついた場所が――気が附いて見たら、共産主義だった――共産主義に一番近いものだったという事です。――その時から今まで、いや現在でも――ですから僕の考えや、している事が、どの程度まで共産主義者として完成されたものであるか、僕ぁ知らん。多分、百パーセントの共産主義者から見れば、素朴すぎる、矛盾だらけの、なっていないものだろうと思います。それは知ってる。知っていても、しかし僕は自分が共産主義者である事を自信を以て言えます。世の中の全部の人間を大きく真二つに分けます。奴等は、向う側に属し、僕ぁ此方側に属すんだ。骨がくだけても僕ぁ向う側へは行かない! それだけです。……もっと早く僕が――僕等が眼をさまして社会的な勢力として立上っていれば戦争なんか起させないで置けた。だのに、ボンヤリと寝呆け返って民族主義などをいじくり廻していた。それです、僕の言うのは。……そのために戦争になり――そして、こんな事になってしまって――そのために、僕等はいろんな事をだいなしにしてしまった。……何千万という兄弟のいのちを、むだに殺してしまった。内も外も、焼野原にしてしまった。……(バラバラとあふれ出して来た涙)このままで行けば、このままで行けば、ぼくらの周囲は、遂に、どうなるんです? なにになってしもうと、お父さん、思います? え? なんとかしなくちゃなりません。早く、なんとかしないと! ――(自分の涙を自ら恥じ、自分に対して腹を立てて、語調が過度に刺すように鋭くなっている)僕はかっての自分を含めて――ウロウロしていた頃の自分をも含めてです――いまだに民族主義的な感傷論で以て、あれやこれやの良心遊戯にふけっていて、このありさまを、ありのままに正面から見ようとしない連中を――僕は憎みます。
欣二 (それまで奥の方をフラフラ歩いていた末に、はしごに身を寄せかけて聞いていたのが、フッと笑って)……憎まんねえ、僕ぁ。憎むだけの価値は無いもの。そうじゃないか、こうなったからと言うんで急にウヨウヨと飛び出して来て踊りはじめた猿どもじゃないか、たかが! 尻の赤い猿どもだ。ツバぁ吐きかけてやりゃ、たくさんだい!
柴田 (やっと口がきけるまでになり、片手をあげて欣二をさえぎりながら)黙って居れ欣二! その、それでは誠、だから、つまり、お前も認めているのだ、左翼も右翼もひっくるめた国民全部に、広い意味での戦争責任の自覚――そこから来る反省――つまり、何もかも御破算にした上でわし等は出発し直さなくては、日本の再建は出来ないと私は――
誠 違います! (既に眼は血走り、声は甲走っている)そんなミソもクソも一緒にした日本再建なぞ在り得ない! お父さんの言うような意味の日本なんぞ、もう既に無い。在る必要がない。再建しなくてはならぬ部分と、根こそぎ叩きこわさなきゃならん部分があるきりだ。大事なことは、あなたの考えが、そのどの部分に奉仕しているかと言う――
欣二 (梯子の所を離れてフラリと近寄って来ながら、誠の言葉をたち切って)わかった、わかった、勤労階級だけが進歩的さ。
誠 そうだよ!
柴田 (喘ぎながら)なぜ、そうだ?
誠 (噛みつくように)人間の生活に必要な物を作り出しているのは勤労者だからです!
柴田 しかし、これだけたくさんの勤労者に仕事を与えるだけの施設や力が日本に無ければどうする? 現に無くなっている。失業者の数をお前だって知らぬ筈はない。
誠 組織を変えます。機構を変えればやって行ける。それは――
柴田 それには程度が有る。ソビエットやアメリカや中国には、土地が有る。日本には無い。
誠 土地が無ければ無いように、やり方があります。生産手段は土地だけではないんです。
柴田 粗雑な公式論だ、お前のは。自然的条件や地政方面を抜きにした愚論だ。
誠 せいぜいお父さんは一国社会主義迄しか知らんから、そんな事を言うんだ! 食糧は、ほかから入れりゃいい。
欣二 知ってらい、世界全体の社会主義化が無ければ一国の社会主義化は完成されないとね。ふん。そいで――
三平 万国の労働者団結せよか!
欣二 そいで、それまで、どうするんだい? その時まで俺達はどうしてりゃいいんだよ?
三平 ハハハ、アメリカあたりの労働者は、日本の労働者とくらべれば、三井三菱――とまでは行かんが、先ずそれに近い暮しをしとる。団結せよと言っても、ごめんだってね。
双葉 (非常な早口で叫ぶように)よして頂戴! よして頂戴! お父さんも誠兄さんも、みんな、もう、そんな、よして頂戴! なんなのそんな! そんな事をワイワイ議論したって、なんになるの? 大事な事はそんな事じゃない! 私たちにいり用なのはそんな事じゃないわ! もっとズット、ズット、ズット、なんでもない事よ! 自分と同じように人の事を考えてあげる事だわ! 人の言う事もよく聞いて人の立場も認めてあげる事だわ! 隣りに居る人を信用する事だわ! 信用できるように、私達が人とした約束を守ることだわ! そいで、みんなみんな、仲良くやって行く事だわ! そんな事よ。私たちにいり用なのは!それが無くなったから戦争なんかが起きたのよ! 兄さんやお父さんなどのような、いくら議論したって私たちになんの役に立つんですの? こうしてメチャメチャになってしまって、なんとかして立直ろうと一所懸命になっている、たくさんの人達とは、そんなの、離れてしまっているんだわ! 浮きあがってしまってるんだわ! たくさんの私達にいり用なのは、学問や議論じゃない。誰にもわかって、納得出来て、そしてこんどこそグラグラしない、たよりになる、平凡な事なのよ。兄さんが正しいかお父さんが正しいか私にはよくわからない。しかし兄さんやお父さんも、私達をよくしようと思っていらっしゃる事は、わかる。そいでいて私達から浮き上ってしまってる! そいだから、そんなだったから――良い、立派な人達の考えたり言ったりする事が国民のみんなから浮き上ってしまったから、戦争なぞ起きてしまったのよ。私そう思う。私達はもう、あんな事を繰返したくないわ、繰返すのは、ごめんだわ! シャンとして、すなおに謙遜に、卑屈にならないで、誇りを持って、勇気を出して立直って行かなくちゃならないのよ! だのに、そんなワイワイワイワイばかり言って! はずかしいわ、私達は! はずかしい――(ヒステリックに泣き出してしもう)
誠 (それをたち切って)双葉、もうよせ! だから僕ぁ言っているんだ、国民の頭を混乱させ、愚弄した末にファッショの御用学者になり果てた民族主義者の事を僕ぁ――
欣二 (それをたち切って)おいおい兄さんもういいじゃないか。わかったよ、わかりました! ヘヘ、なんでもねえ、後になりゃ、なんとでも言えらあ。後の祭って、そこいらの事だね。後の祭で茶番狂言が栄えているようなもんで――嘘だと思ったら、兄さんなんぞのお手のもんの新聞でもいい。去年の八月三日の新聞と、十月三日の新聞を引っぱり出して、くらべてごらんなさい。びっくりもんだ。昨日の淵は今日の瀬となるか、すると今日の瀬は明日の――なんになるんだい?
誠 (それをたち切って)黙れ欣二! そんな事よりも、そう言うお前自身が、なんだと言う事だ、問題は。お前こそ――
欣二 (それをたち切って)おっと、わかったわかった、反動だろう? よかろう。戦争中は、軍閥が何かと言や俺達の事を非国民の国賊だと言って、きめつけた。あれと同じ筆法だ。右翼が国賊だと言ったものを、今度は左翼が反動か。だけど、僕ぁ自分では、唯の人間だと思っている。もっとも、少しボロかな。ルンペン臭い。ただ、そら、これも後の祭でね、今頃なんと言われたって、どうにもならねえんだな。同じ事なら、去年の七月時分に、そう言ってくれりぁよかった、残念だね。
誠 欣二! お前、今度の戦争で犠牲になって、メチャメチャになったのは――つまり戦争から痛めつけられたのは、特攻隊やなんか、つまり自分達だけだと思っているようだな? 思いあがりだぞ、そいつは。一番下等なエゴイズムだ! そうじゃないか? 内地に残っているすべての人だって同じだ。又、そいつは、負けた国の人間だけに限らん。勝った方の人間だって、それぞれの形で犠牲を払っている。苦しみや痛手は、お前達だけの専売じゃない! ……そりゃお前達は自分達の若い純粋さの一切を叩きこんで行った。それが、こうなって、全部ごまかされていたんだとわかれば、たまらんだろう。そりゃわかる。しかし、それが今更、どうなんだ? だからと言って、不良になって、ヨタって歩いたからって、なんとかなるか、それが? ……食おうと思った食物が、実は煮え湯だった、舌を焼いた。こりて、怒って、皿ごとひっくり返して踏みつけて、コナゴナにする。まるでヒステリィを起した犬っころのような――痛いのは自分だけだと思いあがった所から来るセンチメンタリズム――
欣二 ああ、犬っころだよ。センチだよ。ヒステリィさ。どうしたい、それが?
誠 仲間に対する気持が欠乏しているからだ。生きているのは自分一人ではない、仲間といっしょに、仲間の中に自分は生きている。従って自分の事は自分一人の事ではなくて、仲間みんなにつながっている、仲間全体の問題だと言う自覚がたりないからだ。――つまり、俺達の社会だ。お前の問題は、実ぁ、お前だけの問題ではない。又お前だけで解決しようといくらジタバタしたって解決出来る問題ではない。それは、俺達全体の社会の問題だ。全体として全体の中で解決して行く以外にホントの解決はあり得ない。見ろ、お前は良い気になって、タカリをやったり、闇の物を扱ったり、喧嘩をしたりして、そうやって歩いているが、それで、なにが解決できた? 知っているよ俺ぁ。お前の性質は知ってる。お前は、そうして歩いていても、何一つホントの満足らしい満足は得ていない。たかだか、低級きわまる、ゴロツキとしての虚栄心がチットばかり満たされるだけだ。ホントの気持は年中飢えている。だもんだから、又ぞろ、次々と更に刺戟の強い食い物をあさる。いくらあさっても、今度は前よりも一層飢える。それの繰返しだ。――だんだん、病的になる、その中ホントの病気になる――そう言う地獄だ、お前の行きつく所は。
欣二 ……然り、飢えてるね。地獄とはうまく言った。いいさ俺ぁそんな眉つばものの全体なんかの中より、そっちの方へ、やらして貰うとする。なにはともあれ、地獄は、たしかだからね。ヘヘ! んだけど、地獄へ行くのは、この俺だぜ、兄さんじゃないぜ。よけいな世話ぁ焼かないで、ほっといてくれたらどうだえ? おせっかいが少し過ぎやしないかね? 俺ぁ――
誠 (それをたち切って)おせっかいじゃない! 仲間が俺ぁ可愛いからだ。……いいかい、闘いは、終ったのではなくて、始まったのだよ! 今度の戦いは、再び戦わないための闘いだ。まだ、この国の方々に残っているファッショを完全に叩きつぶしてしもう闘いだ。そいつは若い者の仕事だ。つまり、お前たち、身を以てファッショの毒を受けて苦しんだ若い者がやらないで誰がやるんだ? お前がこれまでに受けた手きずを痛く感ずれば感ずる程、そんな無意味な痛苦を今後ひき起さないように、まだ残っている軍閥や財閥の根と、お前は闘うのが、一番自然なんだ。当然なんだ。闘いは、これからなんだよ。その、しょっぱなから、お前は自分の武器を捨てようとしている。ばかりじゃない、お前自身、ファッショの手先になろうとしている。あらゆる場合にゴロツキはファッショの手先だよ。それを、それを、僕ぁ黙って見ては居れない。おせっかいと言われたって、なんと言われたって、仲間がお前、自分の愛している仲間がそんなふうになって行くのを黙って眺めちゃ居れん。僕ぁ、お前がかわいそうで――
欣二 (相手をたち切って)憐れむのかい[#「憐れむのかい」は底本では「隣れむのかい」]? ゲエ! よしてくれ、おい! ヘドが出らあ!
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