ヒヒヒ! 兄さんは、ちっとばかし思いあがりようが過ぎやしないか? そんなら言ってやろう。兄さんは、な――
柴田 (長男と次男のやりとりの間も、昂奮のためにガクガクと喘いでいたのが、欣二の言葉をたち切って)まあ、まあ欣二、いいから、お前は、いっとき、黙っていてくれ!(誠に)さっきお前は民族主義者はファッショの御用学者だ、という風に言ったが、もし私がホントにファッショの御用学者だとすれば、私も困る。そのような自分を、私は許さぬ。いや、だから、そこん所をもう少し聞かせてくれ! いいや、それを聞かなくては、私は黙らぬ。そうではないか! もしそうならば、私はお前達の敵だ。また、もし、そうならばお前達は私の敵だ。言って見てくれ! もう少し、そこん所を――
せい (ハラハラして中腰になり)もう、ほんとに、もういいじゃありませんか。先生も――
圭子 (それと同時に、その前からハラハラして一同を見まわしていたのが、そのチヨット前から欣二がニヤリニヤリとしながら誠の方へ近寄って行きつつあるのに視線を吸いとられていたが、欣二の薄笑いを浮べた表情に、なにか唯ならぬものを感じ取って、不意に真青になってスッと立つ)欣二さん! あなた! (欣二の前に行く)
誠 (その方をジロリと見てから父に向って噛みつくように)言いますよ。お父さんは――
三平 よせよせ、もう! 家庭と言うものは楽しいものでなけりゃならん。ホーム・スウィート・ホームだな。特にこの家庭の夕飯時は、平和と幸福の中心でありまして、ヒッ!
双葉 お願いです! もうやめて! お願い――
欣二 (それをたち切って、自分の前に立った圭子をうるさそうに左手でどけようとしながら、ボンヤリとした語調で誠に)ヘッ、かわいそうだって? かわいそうが聞いて呆れるよ。えばるねえ! えばりなさんな! ハハそんなえらそうな事を言っている癖に、フッ、世間がグレハマになって来ると、またぞろお前さん達ぁ尻に帆かけて、逃げ出すんだ。(圭子に)なんだよ?
圭子 (真青になって、ふりもぎる欣二の腕を又掴んでとめながら)あなた、欣二さん! そんな!
欣二 うるせえなあ、なにがどうしたんだよ? ヘヘ、俺の言ってるのはね、君が生き残るか俺が生き残るか、二人に一人しきゃ生きていけないと言う最後のドタン場になって、どういう答えが飛び出すかだ。ねえ! 人をかわいそうがるのは、そん時にしてくれたらどんなもんだろう。フフ、俺ぁ――(語調が、変にユックリとねばりつくように低くなって来る。それが何を意味するかを圭子はよく知っているらしく、真剣になって欣二の身体を誠から引離そうと力一杯に押している。双葉も少し前から、立って行って圭子と一緒になって欣二を取りしずめにかかっている)
誠 ふ!(歯をむき出して欣二を嘲笑して置いて、柴田に)ですから、僕は、僕等と全く同じ立場を取れと無理にお父さんに言っているんじゃないんです。又、そんな事はお父さんに出来る筈がない事は知っています。お父さんの立場が、どっちの方向に向いているか、その事を僕ぁ――
欣二 (圭子のからだを払いのけながら、誠の言葉をたち切って)なあんだよう? (誠に)そんならねえ、兄さん、今まで君が食いつぶした俺達の分を、吐き出して返してくれよ。よ? 兄さんはズーッと百円しか内に入れてないねえ、そうだろう? いまどき、百円でたりると思うかね、一人の食費が? それも、いまの社に、戻れるようになった四月か、五月からだ。それまでは、一文も入れてねえんだ。そのぶんを誰がどうしていると思う? 兄さんみたいに立派な口をきくやつが、人を犠牲にして、人の食う物を、横取りして食うのか?
誠 …………?
双葉 ちい兄さん、なにをあなた、つまらない事を言い出すの!
欣二 おっしやる通り、俺ぁルンペンのヨタの反動だからなあ。その俺が闇で稼いで来た金で買ったものを、食いつぶすにゃ、あたらねえだろう。こないだから、君が食ってた麦だってジャガイモだって、現に今食った汁のミソも俺のゼニで買ったんだよ。返せ、吐き出して。いいや、俺ぁ、どうせゴロツキだ。俺の金なんて、腐った金だ。んだから、俺あ、そいつを恩に着せようと思って売出してるんじゃねえよ。しかたがねえから、やってるまでだからなあ。君が、しかし、あんまりのぼせるから、言ってやるんだ。吐き出して返しな。俺だけじゃない、お父さんだって食いつぶされている。双葉がそのために四苦八苦している。搾取だ、寄生だ、君達のお得意の言い方で言やあ。きいたふうな口を利くのも、いいかげんにしたらどうだい? 俺ぁ――
双葉 黙んなさい、兄さん! だまんなさい! だまんなさいったら!
欣二 だってそうじゃないか。戦争中、兄さんが引っぱられていた一年半の間、信姉さんと双葉がどんだけ苦しんで、どんだけ死ぬような思いをして此の家を支えて来たかさえも、兄さんは知りゃしないんだ。何よう言っていやがる。
誠 (真青になり、しばらく黙っていた末に、双葉に)そんなに僕の食費は足りないかね?
双葉 いいえ、そりゃしかし、兄さんだって社から貰えるお金が、そんなにたくさんは無いんだから――いえ、そんな事なんでもない。(欣二に)私は自分の事を犠牲になっているとも、苦しいとも、考えたことは一度だって無いわよ!
誠 ……そうか。そりゃ、僕が悪かった。……そうか。……(柴田に)お父さん達をそんなに食いつぶしていたとは、僕は思っていなかったんです。僕の入れているもので充分だとは、まさか思ってはいなかったけど――忙しいのと……月給が安いんで……ついウッカリしていて……(双葉に)フーちゃんすまなかった、僕ぁ――
三平 (スッカリ酔って)ヒヒヒ、えらい所で、足もとをすくわれたねえ。だから言わん事じゃない。
柴田 なに、そ、そんな、そ、食いつぶしていたなんて事があるものか! 多少そんな事があったとしても、なに、そ、そりゃ、お互いで――親子兄弟の間で、そんな事ぐらい――
誠 僕ぁ、明日からでも此の家を出て行っていいんです。
欣二 アラアの神よか、糞でもくらえ! ハハハ、見ろい! 兄さんなんか、そんなえらそうな事を言っている暇に、もう少しおせいさんとでも仲良くするんだなあ。オアズケは、お互いに、つらいや!
誠 …………。
欣二 批難してるんじゃないよ、それでいいんだよ。おやりよ。いろんな手でいじくり廻された食い物と言うもなぁ、食慾をそそるもんらしいからな。(両手で顔を蔽うせい子)ねえ! (その方へフラリと寄って行った欣二が、しなだれかかるようにしてせい子の肩に手を置こうとしたトタンに、酔った足が何かに蹴つまずいて前のめりに倒れそうになる。倒れまいとしてせい子の肩を掴んだ片手に力が入って、先程、お光のために裂けたひとえの着物の肩口のへんが、再びベリベリと音を立てて、今度はモロにわきの下までやぶれて、折から下着なしに着ていたことゆえ、わきの下から乳のあたりまで、白い素肌がまる見えになる)
三平 こら、こらお前!
柴田 欣二! (これも立って行き、欣二を押し返しながら)
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(せい子が素肌をかばいながら、身をちぢめて食卓に突伏す。その他の人間は全部立上ってしまっている)
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双葉 兄さん! なにをするの! なにをするの!
欣二 ヘヘ。(一同が極度に昂奮している中に、この男だけが表面ますますユックリとした語調。薄ら笑いをして)いいじゃねえか。好きなら好きで、いいじャねえか。気どるない。オツリキに気どるねえ!
誠 (蒼白になり、石のように立って欣二を睨んでいたのが、相手からかき立てられた憎悪を自分で押さえつけようとする努力のために、低いが、しかし時々ふるえを帯びる語調で)欣二。……食費の事は、僕が、悪かった。……許してくれ。その中に、働いて、返えす。そいで、いやあ――しかし、それとこれとは別だ。せい子さんの事は……僕ぁ、こないだから、チャンとなにして……しんけんだ。……厨川の方は、僕の手で片づけて……僕ぁせい子さんと結婚する気でいる。だから――
欣二 おめでとう。ハハ、いいじゃないか。(三平に)叔父さんどうです、御感想は?
三平 ――まあいいて! まあ、いいから、みんな、さあ、そう昂奮せずと――
誠 せい子さんの事で、ふ、ふざけた事を、言うと、僕ぁ、き、きかん!
欣二 きかなきゃ、どうするの? だっていいじゃないか。だからさ、しんけんに好きなんだから、よろしくやったっていいじゃないか。ライト・イズ・マイトだろう? ねえ! 好きな女となら寝たっていいわけで、ハ、やって見せなよ。けだし、そこいらが、兄さんの正体……つまり、兄さんのいいとこさ。(せい子に抱きついて行き、その首に右手を巻きつけて、なめんばかりにして、その顔をのぞきこむ)ねえ、おせいさん、そうでしょう? あんたぁ良い女ですよ。
誠 (その欣二の頬を、自分を押しとどめにかかっている双葉と三平の肩越しに飛上るようにして、ピシリとなぐる)畜生!
欣二 (懸命に自分を押さえようとしている父と圭子の肩の間から、ニヤリ笑って)……いいじゃねえか、ねえか、ねえ! いいだろうおせいさん! (ズボンのポケットに左手が行く)
圭子 あれッ! (叫ぶ)あぶない! 双葉さん! あぶない! (欣二の左手に握られた大型の自動式ナイフが、ボタンを押されて、ギラリと刃を見せている)
柴田 これッ、欣二! 欣二ッ!
双葉 ……(それを見て無言で誠のそばを離れ兎のようにすばやく欣二の左側に走って、その手首をトンと叩く。ナイフがカラリと音を立てて床に落ちる)馬鹿! 兄さん!
柴田 こら! 欣二! (それを知らないで、欣二に身動きをさせまいと思って、欣二をしっかりと抱き込んで炊事場の方へ引っぱって来ながら)きさま! 駄目だぞ! この――!
欣二 なあんだい? 苦しいよ、何をするんだあ。ヘヘ、馬鹿だなあ、父さんは! 父さんこそ駄目だよ、へえ、一番愚劣なのは父さんだよ! (言葉は相変らずユックリとして低いが、身体は逆に柴田の身体をグイグイと押し、反対に父親の首をしっかりと抱き込んでいる)これでも飲みなさいよ。(それまで右手にさげていた酒の瓶の口を柴田の口に押しつけ、父親の顔を仰向けにさせて酒をつぎ込む)
柴田 あ! プー、こ――(酒にむせ、炊事場の薪にけっまずいて仰向けにころぶ)
欣二 (これも同体にころんで)アッハハハ、さあ、さあ! (尚も酒をつぎ込む)
柴田 (苦しがって、もがきながら)これッ! こ! 欣――(顔中に酒が飛び散る)
欣二 お父さんを見ると、僕ぁひねり殺してやりたくなるんだ。にわとりをひねるようにさ。こんな風にね。(父の首をしめる。柴田のもがき苦しんだ右手が無意識に、そこに転がっていた手斧を掴んでいる)
せい あっ! あっ!
双葉 ちい兄さん!
欣二 ガリッと踏み殺せ! そこら中、みんなズタズタにしてやりぁいいんだ。ヒクヒクと生きてるこたあねえんだ! 悪い事ぁ言わねえから、死んじまえ。ひねってやらあ俺が。(言いながら、父親を引き起す。立ち上った柴田の手に手斧がある)ヘヘヘ、もっと飲みなさい! え? もっと飲みなさいよ!
柴田 (無我夢中で混乱して)この! きさま! プッ!
欣二 ヒヒヒ、なんだ、もうねえや! (言ってカラの瓶をビュッと投げたのが、飛んで行って食卓の脚に当ってバリンバリンとこわれた音と同時に、ヒーッと言うような声が柴田の口から出て、その左手が欣二を突き飛ばす。つづいて、総立ちになっている一同のアッ! オ! と言う叫び声と同時に、ガッと音がしたのは、夢中になって柴田が振りおろした手斧が、食卓の板に深く喰い込んだ昔)
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(長い間――)
(一同が化石してしまったように動かない。柴田は自分が何をしたのかわからないでボンヤリして突立っているが、やがて他の一同の方へ眼をやる。誠とせい子と三平と圭子と少し離れて室の中央に双葉が恐怖で一杯な真青な顔をして食卓上の手斧を見つめている。柴田はその視線をたどって手斧を見る)
(間……)
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