ですが、なにぶんの示達があるまでは、在外資金はそのまま置くより仕方がありませんの一点張り。そんなら黙っていないで、当方の事情を訴えて、せめて引揚者の当座の生活資金だけでも肩代りをして支払えるような許可を受けてくれと言っても、駄目。卑屈になり切って、言うべき事も言えない。まるでどうも!
柴田 困るねえそれは。同じような人がずいぶんあるんだろう?
三平 ずいぶんのだんの候のって。何十万、いや東京だけでも――今日も帰りに浅草の寺に寄って見たが、――引揚者収容所です――都内だけでも二十箇所近く有るのが全部超満員――その連中が殆んどまあ、その土地々々の預金はそのままにして戻って来てるんだから。十年二十年、粒々苦心の結晶が、こら、こうして(内ポケットから、書類のたばを出して食卓の上に投げ出す)ただの紙っきれにこそは、なりにけり。
柴田 しかし、その内には、払い戻してくれるんだろう。
三平 その、その内には、だ、私等あ、一人残らず、かつえ死にに死に絶えていたってね。ふっ! その内に戻って来る十万円がなんになります? 今日たった今百円でも二百円でも無きゃ、私等ぁ生きちゃ行けないんだ。私ぁね、今日帰って
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