、お前達の力は弱かったと言うかもわからぬ。よろしい。私の言うのはそこだ。お前達の考えを仮りに正しいとしょう。すると、その正しい考えを以てしても、国民の間にそれほど弱い力、殆んど無いに等しい弱い力しか作り出し得なかったところの、国民全般の無知と無能――つまり日本人の低さだ、これに対しては国民全体に責任が在る。お前達にも無いとは言わさぬ。つまり右翼から左翼の一切合切をふくめて、今言った広い意味での責任が在るのだ。そして私の考えでは、これこそ、最も根本的な戦争責任だ。明治維新以来、日清日露の両戦役から第一次世界戦争、それから今度の戦争――その全体を通じて、全体としての日本国民が歩いて来た一歩一歩にそれが在る。今度の戦争だけに限った十年間位の責任を問うだけであったら手易いことだ。が、それでは何の役にも立たぬ。それでは日本は生れ変り得ない。日本は今、明治大帝や伊藤博文までさかのぼり、その時分からの国家の歩み方の検討をしなおさねば、生れ変るわけに行かない。今、私は敗けたから、こんな事を言うのではない。此の際、勝っていようと敗けていようと、それに関係無く、遅かれ早かれ日本は、それにぶち当らなければな
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