。整理は、とにかく済んだ。一家は離散させられた。しかしそのために子供達の一人一人は、とにかく存立して行けるようになったのである。……それを聞いてそのズット以前に此の一家から勘当されて出奔していた息子の一人(即ち僕)は、よろこんで、ヤレヤレと思った。
 そこまでは、よかったのである。そこから先きがいけない。と言うのは、その伯父さんは一家を離散する際に子供達の一人々々に、今後まじめにさえやって行けば、それぞれに身を立てて行くに足るだけの資本は添えてくれた(それは何かと言えば、芸術家としての良心と技術である)。ところが、離散して一人々々になった子供達の中で、その資本を妙なところに使いはじめた者が出て来た。その或る者達はバクチや投機にこれを使い出した。(即ち曽ての新劇人達の中で、あれ以来、映画でござれ芝居でござれ、金にさえなれば、そして少しでも多い金にさえなれば、その余の事はどうでもよいと言う「お役者根性」になった者達がいる。そして運良く、思いがけない金=月給にあり附いたもので、トタンにのぼせあがってしまって、小成金になった気の者が相当居ることは、誰もが知っている)。或る者は、せっかくの資本で
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