だ。
 君達、虚妄にとりつかれた「新劇くずれ[#「くずれ」は底本では「くづれ」]」どもは、何かと言えば過去を振返って「生活の苦難」を言う。苦難?
 どこに、苦難と言うに値いするものが有った? 酒が飲めない、御馳走が食えない、一ヶ月三十円しか収入がない、三日食えなかったことがある……等々々。それが苦難か? 苦難と言う言葉が泣くであろう。われわれの志は、たかがそれ程の事を「苦難」と称して自ら誇り、しかもその事から尻込みし、今後とも尻込みする程に浅薄なものであるのか?
「芸」のため「道」のために、文字通り一生を粉骨し砕身して尚足らずとした先人達に、われわれは恥ずべきである。先人の事を言わずとも、現に、われらの目前に於てわれらの兄弟達である将兵諸氏が、どの様な状態の中で戦ってくれているかを想い見ればよい。食も無く水も無く、炎熱又は酷寒の道を一日に十里十五里と歩み行き、しかもその末に敵の十字砲火の中に身をさらす。苦難とはその事だ。それが苦難と言うに値いする事である。われわれ芸術にたずさわる者達が、芸術の事に専念するために味わなければならぬ少しばかりの不自由を苦難などと言うのは僣越の限りであろう。
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