ん、センイ類や藥品などの仲介と言いますか……小さなもので。なんでも扱つて金もうけをしようと言つた――いいかげんなものです」
「社長というのは?」
「黒田という人です。今居ると會つていただくんですけど。……たいがい横濱なんです」
「……しかし、こうしてここで話していて、いいの? なんなら外に出ようか?」
「いいんですよ。ほかに誰も居ません。いやホントは外に出てお茶でも差しあげたいんですけど、間も無く實は人が來て、それといつしよに出かける約束になつているもんですから、失禮ですけど此處で――」
「いいんだ、僕はいいんだ。……だけど、君はどうして此處で働らくように――?」
「ほかに、なんと言つて食えないもんですから……。社長を知つているもんで、ホンの腰かけです。黒田と言うのは、もと上海で軍の特務機關の仕事をしていた、おもしろい人間ですよ」
無邪氣にスラスラと言う。
「特務機關?……どうして君は知つているんです?」
「父の關係です。父が以前めんどうを見てやつていた男で、一種のまあ子分と言つたような――」
「君のお父さんと言うと?」
「………?」逆にいぶかしそうな眼をして彼は私を見た。「Mさん話されなかつたでしようか」
「聞かない」
「そうですか。………父は、古い軍人です。後備の陸軍少將で――もう死にました」
「そう………」私にこの男の人がらがいくらか腑に落ちるような氣がしてきた。「で、僕にたずねたいと言うのは?」
「はあ、Mさんの事です」
「Mの事?」
「直接Mさんの事と言うより、なんと言いますか、Mさんに關係の有る、つまり友達の人のことやなんかを知りたくつて實は先日もあがつたのですけど、ツイ言いそびれてしまつたもんで――」
はにかんだような色を浮べて、どもるように言つている彼を見ていて私は、そこまで言つている彼の頭に綿貫ルリの事が來ていない筈は無い、それをわざと避けて語つていると思つた。すると、ムラッとなにか意地の惡い氣持になつた。
「そりや私の知つている事ならいつでも話してあげるけど……綿貫君のことねえ」
「…………?」
「こないだ僕んとこでいつしよだつたルリ。あれの事で僕あ今日來たんだけどね」
「はあ、こないだ送つて行きました」
「知らんだろうか君は?」
「なんでしよう?……あの晩送つて行つて、もうすぐそこが家だからとあの人が言うもんですから、別れたんですが――」けげんそうに私を見るのが別にシラを切つているようでは無い。「どうかしたんでしようか?」
「いや、あれきり行方不明になつてしまつたそうでね」つとめて何氣なく言いながら私は相手の表情の動きに注視していた。貴島はただ輕く驚いたような眼色をしただけで、なんの動搖も示さない。
「そりや………」
「で、家の人が僕んとこへ來たんでね、あの晩のこともあるし君に聞けば何かわかるかもしれんと思つたんでね」
「そうですか。いいえ、僕あ知りませんねえ。ただ送つてつてあげただけで。……でも、なんじやないでしようか、あの時劇團にもどりたくないとしきりと言つていたんですから、つまり、ザコネですか…それがイヤで、ホンのどつか友達の家にでも一日二日行つてると言う事じやないでしようか?」
「僕もそれは考えたが、そうでも無いような所もあるし――」
「あんなシッカリした人なんですから、なんかあつたとしてもそれほど心配なことは無いと思いますけどねえ」
「そうも思えるけど僕にもすこし責任と言つたような事もあるような氣がするしね」
「そう言えば送つて行つた僕にもあります、……なんでしたら僕も手傳つて搜しましようか?」
私は、あらためて彼の顏を見た。そこには單純にルリの事を心配している表情しか無い。もしルリの失踪の理由を知つていながらシラを切つているとするならば、この男はほとんど完全な役者である。私にはわけがわからなくなつて來た。いつそルリの書置の手紙を見せてやろうか。この男はどんな顏をするか? 私はポケットから書置を出しかけた。しかし途中でやめた。見せても見せなくても同じ事だと思つたのだ。それに、いつたん見せてしまえば此の男を窮地に追いつめることになる。すると、もしかすると國友を斬つたように無造作に私を斬るかもしれない。…………そんな氣がする。恐怖では無かつた。斬られたとしても、たかだかレザアの刃か何かだ。それよりも、もしそんな事が起きると、此の男と自分との間は全く斷絶してしまうにちがい無い。すると、さしあたり、ルリを搜し出す一番大事な手がかりを失つてしまう。いや、實はルリの事など私にとつてさまで重要なことでは無かつた。ホントは、いつの間にか、この貴島という男に私が強い興味を抱くようになつてしまつていた事である。引きつけられていたと言つてもよい。そのため無意識のうちに、この男との關係を斷ち切つてしまうような事を
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