行つてゴロツキに舞いもどつて金を掴み、とにかく、このタミ子を食わせ養つて行くだけでもしようかとも思いました。
 その時久保正三の事を思い出したのです。久保とはその後會つていないのですが、前に偶然に一本杉に會つた時に、久保が荻窪の防空壕を引きはらつて、赤羽にあるイモノ工場の工員寮に住んでいる事を聞かされていたのです。(佐々兼武は、トックの昔、久保とは別れて、やつぱり共産黨關係で働いているらしい事も一本杉は話しました)思い切つて僕は久保に會つて見る氣になり、訪ねて行くと直ぐに會えました。例の通りボコンとしたような久保で、久しぶりで會つたのに、昨日別れたばかりのような顏でニコニコ笑つています。僕はタミ子の事を話し、「どうしたらいいか、わからない。養つてやつて、出來たら病氣も治してやりたいけど、よけいな事のようにも思うし――」と、僕の現在の状態や氣持のあらましを説明した。すると久保は、それについて質問もなにもしないで、
「そらあ、治してやつたが、いいなあ」と言います。
「しかし金がかかる。僕にや金は無い。第一、僕自身今後どうして食つて行くか、まだ見當も附かないんだから――」
「働らきや、いい」
「働くと言つたつて、口が無い」
「なに、その氣になりや、いくらでも有るぜ。どんな仕事でもよければだよ」
 そして、自分のイモノ工場なら、庶務の方に頼んでやろうと言うのです。ただし、仕事の選り好みはできない。「と言つても、君にやイモノの仕事は、出來んだろうから、事務の方か設計だとか、どうせ、月給は安いぞ」と言つてニヤニヤしているのです。三千そこそこで食つて行くのがヤッとらしい。バカバカしいような氣がしました。僕の腹は決らず、又來ると言つて久保の室を出ました。

 それから四五日間、僕は迷いました。迷うと言つても、ほかにどうしようも無し、時計を賣つたりして、その間も、毎日のようにその頃泊つていた上野のテント旅館を出ては、タミ子の所に通つていたのです。僕が行かないとタミ子はなんにも食わないでいるのです。それに、そんなふうになつた彼女に、すこしばかり金をやつて好き勝手にオモチャにする男たちも居るらしいのです。イヤでも僕は毎日行かないわけに行きません。
 僕が行くとタミ子は喜びます。そして時によると、なさけ無い事に、僕に向つてその衰弱して痩せたカラダを開いて見せたり、ワイセツな恰好をすることがあるのです。商賣で癖になつた媚態らしいですが、しかし、そういう商賣をして來た女の、變な慾望――カラダだけの感ずる慾望もあるのではないかと思います。僕はそれを見て二度ばかり泣き出してしまいました。ホントにナサケ無かつたのです。
 Mさんの手紙の事をたずねても、なんにも憶えていないようです。いつ誰からもらつたのと聞いても思い出せないらしい。書いてある意味もわからない。ただその紙だけを非常に大切にしているのです。戰爭中、特に終戰近くの事など完全に忘れていて、どこで何をしていたと聞いても、その時々で言うことが違います。
 その日は、僕が買つて行つたイモやコッペパンなどを、うまそうに食べてしまうと、タミ子が外に出ようと言うので、しかたなく僕も一緒に出かけました。たいがい、そういう時には公園の中をアチコチうろついたり、時によつて驛の構内へ行つて立つていたりするんですが、ウッカリすると例の横穴の方へ行くんです。アサマしい氣がして、一人で出すわけには行きません。僕はナサケ無い氣持で、スタスタ歩いて行く女の四五歩あとから、公園の坂道を登つて行きました。良い天氣で、カッと日の光です。動物園にでも行くのか、子供づれの夫婦者の姿などもチラホラ見かけました。
 不意に僕は泣きたくなりました。そして、口の中で「お父さん、僕はどうしたらいいんです?」と繰返し繰返し言つていました。そういう癖が最近に僕に出來たのです。ナサケ無く、やりきれなくなると、ひとりでにそれが出て來るのです。その時もそれを言いながら、僕はチョッと下を向いて歩いていたらしい。タミ子がフッと立ち停つたので、なんの氣も無く、前の方へ眼をやると、タミ子から三四歩、僕から六七歩の坂の上に、こちらを向いてルリが立つていたのです。例の山梨での身なりと同じで、顏色は、附近の樹の葉の色の反射のせいだけで無く、まつさおで、眼は射るようです。大型の袋のようになつたハンドバッグを握りしめた右手がブルブルとふるえているのが眼につきました。

        44[#「44」は縦中横]

 僕はドキッとしましたが、しかし不思議な事に、ルリの出現そのものは、それほど意外な感じはしませんでした。動てんしてしまつたために、そんな事を考えている餘裕も無かつたとも言えるかもしれません。ルリが、僕の後を追つて東京へ出て來て、(僕が女を搜している事は、久子さんがスッカ
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