るのだろうかとも思いました。とにかく圖星を指されて僕が眼のやり場に困つていると、立川さんは益々よろこんでしまつて、僕に茶わんをつきつけてブランデイをついでくれるんです。
「いいなあ! 乾杯! 飮みなさいよ。Mさんと言う人は、そういう人なのよ! それがジョウダン半分じや無かつたんだから! 眞劍にそんな事が出來たんだから! いいじやないのう! あんたも良いボーイだ! ビアン! 好きんなつちやつた! 良いギャルソンだあ! よしよし、そんな事なら、あたいも加勢をしてその人を搜してあげる! 何が何でも搜しなさい! ブラボオ! んだけどチョット燒けるね! チッ! あたしがその人だつたら、よかつたなあ。ウーン! どう、あんた? あたしじや、まずい? あたしだつたとしたらさ? だつて、どうせ顏はおぼえていないんでしよう? 同じ事じやないの! どう、私じや、まずいの? こんでも、ツラはこんなだけど、まだまだ捨てたもんじやなくつてよ! 見せてやろか? ホラ……」
 スッカリ醉いが出て來たセイもあるでしようが、フラッと立ちあがると着ている樂屋着とでも言いますか、タオル地のガウンみたいなものの前をスパッと開いて、――その下には、シュミーズとズロースだけしか着けていないんです――腰をゆすつてフラ・ダンスみたいな事をはじめたのには弱りました。
「ね! こら、ギャルソン! 見なさい、こつちを! どう、まだチョットいけるでしよ、あたしの肌!」
 もうサンザンで、僕は拷問にかけられているようなものでした。チラッと見た彼女の胸や脚が、なるほど意外な位に白く脂が乘つてキレイだつたのです。……しかし、そんなふうな姿をしながらも、立川さんには、ワイセツなものやイヤラシイ感じは全くありませんでした。ただ美しく、そして、ほんとに幸福そうで、彼女の感じている感激と言うか――嬉しさが、ただヒシヒシと僕に迫つて來たのです。あのインウツな、まるで地の底みたいな穴倉の中なんです。花が開いて搖れてるみたいなんです。花は歪んで、しぼんで、くずれかかつた花です。落ちぶれ切つた中年の女優。……女優と言うのもはばかられるような醜い人の中に、どう言うわけで、こんなに美しいものが殘つているのだろう?……もしかすると、この人は非常にすぐれた人間かも知れない。……そんなふうに僕は思いました。ですから、僕は立川さんから禁じられたのにもかかわらず、あの人の事をこうしてあなたに向つて書けるんです。とにかく、僕は立川さんを見ていて實に強い印象を受けました。そして、その印象は決して暗いものでは無かつた。明るい、肯定的なものだつたんです。
 僕は醉いました。そして、しまいに立川さんと二人でヨロヨロしながら、そこでタンゴを踊つたりしました。非常に良い氣持だつたのです。しかし、そんなふうになつては、前に聞いた三四人の女の人たちの事を聞き出すことも出來ないので、その晩は、夜更けて、醉いつぶれた立川さんを殘して僕は歸り、その次ぎの日に又行つたのです。彼女は前の晩言つた通り、非常に熱心にそしてマジメに僕の相談に乘つてくれ、僕の問わない事まで話してくれたのです。今後も、そのつど、探索の相談相手になつてくれると言います。僕はうれしかつた。前途がすこし明るくなつたような氣がした。ただし、立川さんは自分の事を――自分が今ここに居てこんな事をしている事を、三好さんはもちろん、昔の知人や友人などの誰にも話さない約束をしろと言います。僕はそれを約束しました。
 そして、差し當り、二人の人の住所を教えてくれました。僕は、その二人をすぐ訪ねて行つたのです。
 その一人は、東京の葛飾區に居る人で、徳富と言う共産黨の女の人で、もう一人は、山梨の田舍で百姓をしている久子という人です。

        35[#「35」は縦中横]

(その次ぎの手紙)――

 徳富稻子。
(立川景子いわく)進歩的思想を持つた、すぐれたインテリ女性で、女子大學卒業以來、いろいろの知識的職業につき、常に新時代の尖端に立ち、自由戀愛主義者なり。戰前、女子大時代より左翼的な團體に關係し、終戰後すぐ共産黨に加入し、現在或る民主主義團體の書記局員として活動、一方暇々に自宅近くの幼稚園内に勞働者託兒所を開設し、自ら主宰している由。「ホントにえらい人だわ。それに強い性格だわね。女でもあそこまで、やれると思うと、たのもしいような氣がする。あたしなど足元へも寄れないわね」と、心からの畏敬をこめて景子は語る。
 夫の徳富伸一郎は稻子より八歳の年した。美貌の洋畫家にして、これも共産黨員の由。子供は無し。以前から思想的に稻子の方が進んでおり、性格的にもシッかりしていて、伸一郎は常に稻子から教育され引きずられて左翼になつた形ありと言う。
「人の噂さでは、しばらく前から、別居しているんだつて
前へ 次へ
全97ページ中73ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング