んでいたようです。それが性慾であつたか、それとも生きて歸ることを全く考えられない出征を前にして、一つの點を打つ、又は切開手術をすると言つたふうの慾望であつたか、そのどちらであつたか。いずれにせよ、たしかに、僕自身が望んでいたにちがい無い。そうでなければ、いかにMさんが僕の首根つこをつかまえるようにして連れて行つたにしろ、本氣でそれを僕がイヤだつたのならば、ふりもぎつて逃げ出してしまうことができない筈は無かつた。
 それに、もう一つ、Mさんがあんまり一所懸命になつていられるので、それをハズしてしまうのが、なんだかすまない――と言うよりも、Mさんが可哀そうなような氣が、正直のところ、ありました。
 そんなふうな、アヤフヤな氣持のままで連れて歩かれている間に、あちこちで強い酒をずいぶんたくさん飮まされ――それも最初からのMさんの計畫の中に有つたらしいのです――最後に、たしか澁谷あたりの小料理屋を出て、小型のタキシイに、肩を抱かれて掻きのせられた時には、泥醉に近く、自分がどこに居るのやらわからないような状態になつていました。自動車が走り出しても方角など、まるきりわかりません。當時、東京が空襲を受けはじめたばかりの頃で、燈火管制がムヤミにやかましく言われ、それが例の通り必要以上に行き過ぎて東京中がなんでも無い時まで眞つ暗な時分でした。ルームライトはもちろん消してあり、布をかぶせたヘッドライトが、螢の火のように二三間先きの路面をボンヤリと照しているきりで、窓から兩側を見ても、ほとんど燈火が見えません。Mさんは默つています。自動車の停つた所が、どの邊であつたかまるで見當がつきませんでした。ただ氣配で、東京の中心部あたりのゴミゴミした町中であることだけがわかりました。やつぱり銀座裏か京橋へんではなかつたかと思います。
 自動車が停るとMさんは、醉つてグダグダになつている僕を肩にかつぐようにして車から引き出し、暗い露路の奧へ奧へと、角を二つばかり曲つて行き、或る家の戸をドンドン叩くと、内から女の聲がして、やがて狹いドア(――たしか、西洋式のドアでした)が内から開きました。外部にも内部にも燈火は無いので、その家の樣子も、内からMさんに話しかけた女の人の姿も、まるきり見えませんでした。しかし前もつて話してあるらしい加減で、その女に向つてMさんが早口で何か言つているようでした。「ゆんべ話した美少年だ。……頼みますよ。明日出征するんだ。……可哀そうじやないか。ね、わかつてくれ。死ぬんだ、もうすぐ。頼むよ、おれの弟だと思つて……いやいや、別にどうと言つて、どんなふうに遊ばせてくれてもいいんですよ。……どうか好きなように……」そんな言葉が、フラフラしながらMさんにつかまつて立つている僕の耳に殘りました。すると女が何か答え、Mさんが、家の中へ僕を突き入れるようにして、自分は小走りに立ち去つて行つてしまつたようです。
「どうぞ……」
 と小聲に言つて、僕の身體を抱き取つたのは、聲の調子やなにかで、中年過ぎの女だつたようです。ムッと、一種の匂いが僕を包みました。もう夜なかを、とつくに過ぎた時間だつた筈で、その女もいつたん寢どこに入つた後でMさんに叩きおこされたのではないでしようか。寢どこで暖められた匂いのようでした。……もちろん、こんな事をその時の自分が考えたりしていたのではありません。すべてが、後から切れ切れに思い出したことを書いているので、その時は醉つているし、眞つ暗だし、半ば無意識で、夢を見ているようでした。どんなふうにして、その家にあがつたのか、どんな所を通つてその室に入つたのか、全く記憶が無いのです。それから、僕は、いつときグッスリと眠つたらしい。
 今度眼がさめたら、フトンの中に横になつていました。わきに誰か一人寢ているんです。女でした。最初のとちがつた、若い女です。匂いがちがいます。それに、暗い中で身じろぎをする身體の調子もちがいます。
 女は僕が眼をさましたのを知つたのか、半身を起して、枕元に置いてあつたらしい水さしからコップに、コプコプと言わせて水をつぎ、默つてコップを僕に渡してくれました。それを飮みながら、女の方を見ると、まつ暗なので顏も姿も、まるで見えませんけれど、それでも眼が馴れたか、暗い中にもう一段黒く、かすかに頭髮のシルエットと、それから薄白い顏のリンカクと、その下に肩と胸らしい所が見えました。と言うよりも、後から思い出して、そんなものを見たような氣がしただけかもわかりません。いやたしかにそうです。ホントに見たのであつたら、その顏を、もうすこしハッキリおぼえている筈です。それがまるきりおぼえが無いのですから、やつぱり見たような氣がしただけです。
 そのくせ、その瞬間に、女が肩も胸もむき出しの裸になつていることが僕にわかつたのは、どうい
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