う言つたものがありましてね。みすみす贋物を掴まされたとわかつても、後になつてそれを言うわけにいかない事がある。そうでなくても、どつちにしろ表沙汰には出來ない事です。そんなこんなを黒田の方ではちやんと見越しているんだ。で、黒田に會つてそれを言つてもヌラリクラリと逃げを打つばかりで、カタがつかない。私んとこの連中がいきり立つて來たんです。そこへ黒田んとこの秘書ということで貴島が割りこんで來て、おかしな事ばかりして話の邪魔をします。ありようは、こうなんです」
「………わかつた。それは貴島が惡い。然しねえ國友君、貴島は何も知りやあしないんだ。あれは君、君達から言えば唯のシロウトで、戰爭から歸つて來てメチャメチャになつているところを、死んだ父親の縁故で黒田の所に一時身を寄せただけでね、君達の事にしたつてほんとの事は何一つ知りやあしないだろう。つまり、復員グレに過ぎん。そいつをあんたがムキになつて相手をするのは、どんなものだろう?」
「あなたと貴島とはどんなお知り合いなんですかねえ?」
「どんなつて君、僕の死んだ友達のMという男の弟子みたいな青年で、僕はじかに附合つた事もあまりないし、詳しい事は何一つ知らない。唯戰爭の爲に根こそぎ何もかも持つて行かれた人間で、あれの友達が幽靈だ幽靈だと言つていてね、自分でも死んじまつてた方がよかつたと言つている。何をするか知れたもんじやない」
「そうですか。………いや、このままで行けば、いずれ永い世間は無いかも知れませんねえ。今どき人の一人や二人、何のこたあないですからね。………いやな世の中になつたもんで、近頃そんな事をしても闇から闇へ消してしまう事なんか何でもなくなつて、外からは煙も見えません」
「いいだろう、そうなればそうなつたで」
相手が私を脅迫にかかつているのではない事はわかつていた。が、彼の言う言葉の意味がドス黒くひびくのである。それに對して久しぶりにフテブテしい鬪志のようなものが私の胸の中に萠して來た事も事實だつた。
「だがねえ國友君、僕は思うんだ、君達のように生きている人間は、いずれにしろこの世の中でグレハマになつた人達だと思うが、それは僕にわかる。非難しようとは僕は思わない。だけど貴島のような人間も或る意味でグレハマになつた人間じやないかな? 道筋は違うがグレハマになつたという事では同じじやあないだろうか? その君達が貴島を目の敵にしていじめるのは、當らないないと思うがどうだろう? 可哀そうじやあないだろうか? 君達は、いわば、好きでそうなつた人達だ、貴島は追いこまれて、仕樣ことなしにそうなつた男だ。可哀そうだと思つてくれないもんだろうか?」
「………あなたの言う通りかも知れない。貴島という男のしている事を見ると、必ずしも黒田組の爲にと思つてしているとばかりとは思えない事がありますからね。こんだの一件についても、黒田んとこのいい顏のやつで、格別わけもないのに貴島から斬られた奴がいるんですよ。………私に對しても貴島は別に敵意は持つていないようです。する事がデタラメなんだ。キチガイだと言つてる奴もいます。………追いこまれた人間だと言われれば、わからない事あないような氣もします。私は別に含む所はありません。然しそれとこれとは別でね、私んとこの連中は、黒田が相手にならなきやあ、仕方がないから貴島をとりつめる以外に仕方がないという腹だし、もう今となつては、私が何か言つても、どうにもならないかも知れませんね。川の水が流れるようなもんで、こんなこたあ、あなたもとつくに御存じだ」
昔から國友という男は正直な男であつた。腹に無い事は絶對に言わないし、一旦言つた事が違つたりもしない。それを知つているので私は私としての精一杯の氣持をこめて貴島の爲に話した。それに對して國友ははつきりした返事はしない。然し私の意のあるところを充分理解したらしいところがあつた。次第に陰氣な誠實な眼つきになつて、しんみりと口數も少なくなつた。このような種類の男について誠實などという言葉を使うと人は異樣に感じるかもしれぬ。しかし私の知つている限り、他の連中のことは知らず、國友大助ほど誠實な人間は、それほど多くは居ないのである。私の頼みは七八分通り相手の容るるところとなつた氣がした。然しその時、思いがけない、まずい事が起きてしまつた。
出しぬけに綿貫ルリが飛びこんで來たのだ。
23[#「23」は縦中横]
綿貫ルリが私の家を訪ねて來て案内を乞うたりしないのは、いつもの事であるが、この日は「先生今日は」も言わないで、いきなり、しめきつて話していた書齋のドアを默つてスッと開いて入つて來た。まるで今まで隣りの室にいた人のような具合だつた。私も國友も言葉を停めて見迎えたが、この前見覺えのある絣の防空服を着て、ポキンポキン
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