と私と國友へ頭を下げただけで、何も言わず坐つた。顏色にはほとんど血の氣というものが無い。眞蒼である。この前の時から見ると頬がげつそり痩せたようだ。非常に沈んでいるように見えるのは、自分で自分をおさえつけているためらしい。底の方で強く昂奮している事は眼の色を見ればわかる。こちらの胸先に斬りこんで來るような眼だ。全體の美しさが又變つた。二十二や三の女にこんな種類の美しさが生れ得るものだろうか。ほとんど凄艶というに近い。私は一瞬あじさいの花を想い出した。咲いたばかりのあじさいが雨に濡れている。………誇張ではなかつた。その證據に國友大助も、彼にしては珍らしく強い興味を起した眼色をして、新しい客の爲に少し身を退つた横の方からマジマジとルリを見ていた。
「どうしたんだい?」
私が言つても、ルリは答えない。怒つたように私をジッと見ている。言う事が無いのではなく、何をどんな風に言つてよいのかわからないらしい。膝の上の白い蟲のような指先が細かくブルブルと震えた。
「判らないんです。いえ、どうしてよいか判らないんですの」だしぬけに、しかしはじめは低い聲で口を切つた。「私の事じやありませんですの。いいえ、結局私の事かもわからないけど、でも私だけの事じやない。どうすればいいんでしよう? 先生教えて下さい。いやだわ、いやなんです私は。こんなわけのわからない事でゴタゴタしているのは、私はイヤ!」
それから噴き出すような勢いでルリは喋りはじめた。何を言つているかわからない。少くとも初めの十分ばかり彼女の言葉は支離滅裂でまつたく掴えどころが無かつた。或事を言いはじめて、その一言の中で忽ち別の事を言い出すかと思うと、次に最初の事とも二番目の事とも違う事に飛んでいる。それをこちらが呑みこむ暇もない中に、他の事が入りまじつて來る。しかもそれがたいがい普通の言い方と逆になつていて、いきなり間投詞が飛んで來て、その後に叙述の文句が來てそれが又四方八方へ飛び散り、ぶつかり合う。言葉と言葉が光線の亂反射のように飛び交うのだ。
このようなものの言い方も世の中に在るのである。然しそんな言葉を紙の上に書き寫すことは、むずかしい。私は此處で彼女の言葉を書き寫そうとはしまい。
ただ次第にわかつて來た事は、彼女の話しているのが貴島勉の事であるという事であつた。
そんな事ではあるまいかと、ルリが入つて來た瞬間から私が危惧していた事が當つたのだ。國友が此處に居る。その前でルリが貴島の事を語りはじめている。………まずい。息もつかずに喋り續けるルリの口に蓋をしたいような氣持でハラハラしながら聞いている以外に、然し、私に方法が無かつた。
それが貴島の事だとわかつた時に國友大助の眼がキラリと光つたように思つた。然し彼は別に何も言い出さず、默々としてルリのお喋りを聞いている。
「まあ、まあ、まあいいよ。君が何を言おうとしているのか、よくわからないんだ、どうしたの一體?」
「ですから私にはわからないんですの。全體あの人が何をどうしようと思つているのか、何がどうなればどうなるのかハッキリした事はまるで言つてくれないんです。先生にそれを教えて戴きたいの。あの人はしきりに先生の事を言つて、會いたいと、そう言うんです。何のため? 何故先生に會いたいんですの?」
「貴島君がかね? さあ、どうしてかね、僕にもわからないな。君は會つたのだろう? そんなら君にはわからないかな? 君にわからない事が僕にわかる道理がない」
「いいえ、先生にはわかつているんです。あの人がそう言うんです。教えて下さい。ね先生」
「だつて、何が何だかちつともわからないじやないか。もうすこし落ちついて話してくれなくちや。ぜんたい貴島君の事を君はどうしてそんなに氣にするんだえ?」
「憎いからなんです! 私は憎いんです! あの人が憎いんです!」
聲をふりしぼつた。聲にこめられている憎惡に間違いはなかつた。佐々兼武の「ほんとはルリは貴島に惚れてるんじやないですかね」というような事が、當つていようなどとは全く考えられなかつた。第三者にはまるでわからない貴島とルリとの間の關係がそこにはあるらしい。それを多少でも掴もうとして、いろいろの角度からたずねて行つても、ハッキリした答えは何一つ得られなかつた。氣の少し變になりかけた、カンのきつい子供を相手にしているようなものであつた。あぐねきつて私は、尚も喋り立てている彼女の顏を眺めているだけになつた。
「言葉をはさんですみませんが、貴島君、今どこに居るんですか?」
わきから國友がヒョイと言つた。ルリはその方を見たが、すぐには返事をしない。私はドキリとした。
「何ですの?」
「貴島君、どこに居ります?……あなた御存じでしよう?」
「知つています。………だけど、あなた、どなた?」
私は二人を簡單に
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