ているため、からだの線が急に大人びて見えた。室の中がパッと一度に明るくなつた。しやべる方はやめないで、まだ五月だと言うのに思いきつた素足の、象牙色のやつを投げ出すようにストンと坐つて、
「先生、ザコ寢というのを、ご存じ?」
「ザコネ?」
「はあ」
「ザコネと言うと、この、人が大勢いつしよに寢る……あれかね?」
「そうよ、男も女もゴチャゴチャに。ですから、そうなんですの。いえ、そりや、いいのよ。ヘイチャラだわ、そんなこと。それだけならばよ。なーんでもありやしないのよ、でしよう?」
「しかし、出しぬけに君、どうしてそんな事を――?」
「ですから、平氣なのよオイラ。ただそいだけならば」
困つて私は貴島勉の方へ目をやつた。貴島はビックリして、先ほどからルリの顏ばかり見つめていたらしい。私と、私の視線を追つたルリの目に逢うと、青白い顏を不意に眞つ赤にした。
「あら!」
はじめて貴島を認めたルリは口の中で言つて目をすえたが、これは別に赤くもならない。「こちらは、貴島君、こちらは綿貫ルリ君」と引き合わせると、貴島の方は口の中で何か言つてモジモジと頭を下げただけだが、ルリの方は坐り直して三つ爪を突くようにして「はじめまして」と、茶の湯ででもしこまれたらしい、スラリと背を伸ばして辭儀をした。そのくせ、下げた頭をまだ上げないうちから、クスクスと笑い出している。
「しどいわあ! 先生、なんにもおつしやらないんだものう!」
「だつて、――入つてくるなり、いきなりだもの、こつちから何か言う間は無い――」
「ですけどさあ、ほかにどなたも居ないと思つたもんだから私――」
「いいさそりや、ねえ、貴島君。今どきの戰爭歸りの若い者が、ザコネぐらいにビックリはしないだろう」
「あらそう、貴島さん?……」と聞いたばかりの名をすぐに呼んで青年の顏をヒタと正面から見て、
「いつ歸つていらしつて?」
「はあ、去年の暮れに……」貴島はまだ顏を赤くしていた。
「どの方面ですの?」
「……自分はオキナワです。はじめ南方にいて、それから六月ごろオキナワにまわされて――」
「南方にいらしたんだつたら――南方と言つてもいろいろでしようし、薫のいたのがどこだかハッキリしないけど、南方なら、もしかして、小松と言つて――イトコですの、私の。學徒出陣で戰車部隊とかつて――もしかして、ご存じありません? 小松薫と言うんですの」
「小松薫……さあ、知りませんけど――」
もうスッカリ夜になつていた。夕飯のことを私が言うと、ルリは、すまして來たと言うし、貴島もひるめしがおそいので食べたくないと言うので、私だけ中座して夕飯を食べることにした。居間の方で私が食事をしている間、二人の話し聲がし、ルリの笑い聲もきこえて來た。私がもどつて來て見ると、二人は壁のそばにピッタリと寄り添うようにして笑つている。後から思うと、それがチョット妙だつた。しかしその時には、べつになんとも思わなかつた。ただ、そうしている貴島が、ほとんど別人のように快活になつて、顏のツヤまで良くなつている。
「そりや、あたしには、むずかしい理窟はわかりませんわ。戰爭の善し惡しだとか、日本が負けちやつたことにどんな意味が有るかとか、わからないの。ただこんなふうになつたおかげでオイラは、だな――あら、ごめんあそばせ。わたしたち、こんなふうになつたおかげで、自由になつたことは事實。それがうれしくつてしようが無いんですの。それだけだわ。それでいいんじやないかしら?」
「なんの話?」
「いいえ、貴島さんがね、こんなふうになつてしまつて、どうしようもないとおつしやるから、私はそいでも、まだ以前よりもこの方がいいつて言つてるんです」
「そりや、君など戰爭をくぐつて來たと言つてもズットまだ子供だつたしね、言わば、戰爭後に生れ出した、つまり一番新らしい人たちとも言えるんだからね。それに、以前の君の家が家だつたし―」
「そうよ! 今だつて、先生、あんな燒け殘りの防空壕みたいな所に住んでいるくせに、お母さまなど、人が訪ねて來て、すぐそこの鼻の先きに立つてるのを見てながら、フフフ! お姉さんか誰かがお取次ぎをしてからでないと、その人と話しをしようとはなさらないの! まるで、キチガイ病院! ハハ!」
「そうかねえ」
「ところで先生、御相談があるんですの。もうすぐ今夜つから私困るんですから。私、自分の心をハッキリきめて置かないと、どうしていいか、わからないの。とても、とても苦しくつて。私、死んでしまおうかと思う事があるんです」
それをしかし、浮き浮きと、言う。
「……なんだね?」
「ですからさ、はじめ申し上げた……ザコネ」
「……舞臺でやらされるのかね?」
「あらあ、舞臺でなら、どんな事をやらされたつて、もつとスゴイことやらされたつて、私、平氣だわ。ヘーイチャラ
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