。そうでないから、どうしていいかわからないの。そこんとこなの」

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 ルリの言うのは、こうである。
 彼女が下つ端女優として出演しているR劇團は今Aという劇場に約半年の契約で常打ちのシバイをしているが、劇團員に戰災者が多く給料も安く、全員の三分の一ぐらいは、いまだに決つた住居を持たないため、ガクヤに寢泊りしている。ガクヤと言つても、半燒けになつた舞臺裏を應急に修理したついでに燒け殘りの材木やトタンなどで一時しのぎに建てた六疊ぐらいの一室きりで、晝間はそれをガクヤに使い、夜になると、そこに男女十人近くが寢る。その十人の中の五六人、つまり三組ばかりは夫婦又はアミ――(これはルリの言葉)――であるから、夜中には、時々、ムネドキ的(これもルリの言葉)である。しかし、それはそれでみんな馴れているから、ふだんは、なんの事も無い。ところが、R劇團は毎日午前十一時から夜の九時ごろまで一日約三囘ずつ同じシバイやショウをくりかえして休演日というのは無く、そして全部の出し物を十日目十日目に變えて行かなければならぬため、いつでも、次ぎの出し物のケイコは、前の十日の最後の二三日の午前中と、シバイがはねた後で半徹夜でやる。その二三日の間、晝間の公演を普通にした上にケイコをするのだから、そうでなくても過勞に落ちているのがクタクタに疲れ、時間も無し、ほとんど全員がガクヤに泊ることになる。すると、約三十人の男女がその六疊一室にギッシリと折り重なるようにして寢る。「ちようど、イワシのカンヅメみたい」だそうである。「着る物がよごれると言つて、スッパダカになつて寢る人もいる」「女優さんもなの?」「もち!」と言い切つて、「そして、ヘンな事がはじまるんです。あんまり疲れると人間は、どうにかなるんでしようか? それもしかし、ふだんからアミになつている人同志なら、私、目をつぶつて知らん顏してる。だけど、時々そうじや無いの。そん時だけ、不意に抱きついたりするの。いやらしいの! ペッペッペッ! お兄さんたちまで、時々そんなことするの。え? ええお兄さんと言うのは文藝部や演出やバンドの方の、つまりエライ人たちの事。そんで、イヤだから、ことわるでしよう? そいでも、大體そんなふうだから、ことわられたからつて、大して怒りもしないの。だけど、あんまりことわつてばかりいると、あいつ異常だ――そう言うの。バカにされてしまうのね。それが段々つもりつもつて來て、お兄さんたちに憎まれてしまつてごらんなさい。かんじんのシバイの方で役がもらえなくなるの。するとお給金もさがるし、肩身がせまくなるし、居づらくなつてしまうんです。そんなふうにして、劇團をやめてしまつた人が二人ばかり有つたわ。ねえ先生、私どうしたらいいかしら?……いえ、それ位のこと、どうせ覺悟して入つたんだから、なんだかだと言われるのは、なんでもないんです。お給金がさがつてしまうのも、がまんする。しかし、それがコジれてしまつて役ももらえなくなれば、せつかく私、芝居の勉強しようと思つてあんな所に入つた意味が無くなるんですもの。つらいわ。ホントに、ホントに私、こうしてしんけんに芝居の勉強しようと思つているのに……私、一人前の女優になるためになら、ホントにどんな目に會つてもいいと思つているんです。だのに、そんな事から勉強ができなくなつたら、死ぬよりつらいんですの。……實は昨日から又、次ぎの、二の替りの出し物のお稽古がはじまつていて、ゆんべも小屋で泊つたんですの。今夜も泊らなきやなりませんの。イヤでイヤで、しようが無いもんですから、私の役を、ほかの子に代つてもらつて、拔け出して來たんです。どうすればいいんでしよう、先生?……」
 話の内容が、キワドイ感じを與えていることなどに全く氣が附いていない。涙ぐまんばかりに眞劍なのだ。眼のふちが紅潮し、コメカミの邊は、青白く、ふくれた靜脈がすけて見える。……私は劇作家としての職業上、そんなふうな劇團にも出入りしたことがあり、内部のありさまも以前は知つていた。それは普通世間で思つているほどビンランしたものでは無いのだが、終戰後、そういう事になつた所もあるのか? チョット信じられないけれど、しかし、戰後の一般の世相から推して考えると、所によつてそんなこともあるのかも知れない。……とにかく、それまでヤンチャな子供の話を聞いているように輕い氣持で微笑して居れたのだが、だんだん、いいかげんな事は言えなくなつた。貴島も默々として、ルリの横顏を見ている。ルリは、しかし、子供らしく熱して、詰め寄らんばかりになつて來た。
「……そんなにそれがイヤなら、しかたが無いから、劇團をやめるわけに行かないの?」
「行かないのよ、それが。やめてしまえれば、こんな苦しんだりしません。新劇などに行けば生活費は出ないでしよう
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