うんです。「俺は俺のファインダアから覗いた眼を疑う位なら、その前に太陽が東から昇ることを疑うよ」と言やあがる。處女か非處女かぐらいがわからなくつて、誰が永年苦勞しているんだ。わしは斯道の大家だとね。「實は俺も、こんだけ美事に成熟した女が、しかも今どき、あんなR劇團なんぞに居た女が、男を知らないなんて、實は俺自身が[#「俺自身が」は底本では「俺自信が」]信じきれなかつた。しかし、俺あファインダアから覗いた眼を信じないわけに行かない」奴さんによると、若い女が成熟し切つて、完全に花が開いて、蜜蜂の來るのを待つている時期にです、戀愛を、非常に強烈純粹な戀愛を感じる。しかも、何かの事情か、障碍があつて、その相手の男に相會うことが出來ないと言う期間――それもたいがい極く短かい期間だそうですがね――その期間に、稀れにこんなふうな皮膚になることがあると言うんです。なんだか、ロマンティックな、あやしげな話だと僕は思いますけどね。
「……え? どうしてそれを僕が見たか? Nが見せてくれたんですよ。彼奴がルリの寫眞を撮る時には、ルリだけを寫場に入れて一人で勝手なポーズをとらせながら、自分は寫場のわきの暗室みたいな所に居ましてね、その壁に覗き穴みたいな小窓が切つてある、そこにカメラのレンズを突つ込んで寫すんです。寫場に男が入つて來るのはイヤだつてルリが言うそうでね。その覗き穴のわきの隙間から僕あ見たんですよ。
「そうですよ、僕は共産主義者です。しかし人間だもんなあ。男ですからね。オスです。女を好くなあ、別に惡かあ無いじやありませんか。僕にとつちや、むしろ、それを否定しながら、一方でこの男女間のことを夢みたいに理想化して戀愛なんて言うものをむやみにありがたがつている連中こそヘンだと思いますよ。もちろん戀愛もけつこうです。そんな事もあるね。しかし世の中には戀愛以上のものが、いくらでも有るんだ。たかだか性慾の昇華した心理をそれほど貴重なものだと思う必要は無いですよ。ハハ、いいじやないですか、それで。……見たのは、あの次ぎの日です。
「あの日は、カフエであなたが電話をかけに出て行つた後、あの女は、しきりと貴島の所に連れて行つてくれと言つて聞かないのです。貴島の居る所を自分も知らないと、いくら言つても聞かない。第一、黒田の藥の一件や、それから、もう一つ、僕もよくは知りませんが東京の何とか言うギャングみたいな一黨と黒田の間が妙なことになつていて、それに貴島がいつちよう噛んでいる、そのためもあつて、つまりそのギャングどもから貴島の身がらを隱すために、黒田の方では貴島を横濱邊をアチコチ移動させてかくまつているらしいんですからね。假りに僕がそこを知つていても、そういう所へルリなんて若い娘を連れて行けやしません。しかもホントに僕あ知らないと來ているんです。………それがだんだんあの女にもわかつて來たらしく、しまいに、連れて行つてくれとは、言わなくなりました。しかし、なんとかして會わしてくれと、僕に頼むんです。じや貴島と連絡のとれ次第、知らせるから、あなたの所を教えろと言いますと、それをどうしても言いません。あなたの所、つまり三好先生の所へ知らせてくれれば、私が先生の所へ聞きに行くからと言います。自分の今居る所をどうしても人に知られたくないらしいのです。そんなふうな押問答をしているうちに、あの女が「先生、どこへいらしつたの?」と言い出した。僕は、タバコでも買いに行かれたんだろうなどと言つて、とにかく、あなたが戻つて來るまで押えているつもりでした。ところが間も無く、不意に、あなたが何のために外に出て行つたかを察したらしいのです、このままで居れば家に連れ戻されると思つたんですね「貴島さんのこと、三好先生のところへ知らせて下さること、どうぞお願いします」とていねいに頭を下げるので、こちらも「いいです、承知しました」と答えて、ユダンをしていたら、いきなりスッと立つて、パーッと表へ驅け出して行くじやありませんか。びつくりしました。とにかく、此處で逃がしてしまつては、あなたに惡いと思つて、直ぐに僕も追いかけて行つたんです。そいから、追かけゴッコです。いや、逃げ足の早いの早くないのと言つて! こういう事には馴れつこの僕も、あぶなくマカれるところでした。走る、横丁に飛び込む、かくれる、電車に乘る、乘つたかと思うと飛び降りて、バスに乘つている、それを降りたと思うと、同じ所をあちこちとグルグル※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]る、ひどい目に會いました。しかし、そんなに遠くへは行きません。SかYのあたりばかりです。ははあ、そんなに遠い所に住んでいるんじや無いと僕は思つたので、しまいに、見失つたふりをして、一町ぐらいの間を置いて、つけて行きました。當人はマキおえたと思つてすつかり安心したら
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