しく今度は落着いて歩き出しました。案の條、Kの一劃で燒け殘つた小住宅街に入つて行き、一軒の家に消えました。間を置いて、その家の前に行つて見て、ビックリしました。前に社の仕事で二三度來た事のあるNのスタジオなんです。スタジオと言つてもケチなもので、外部からはわからず、見たところ、こわれかかつたような唯の西洋館です。勝手を知つていますから横露路から裏へまわつてノックすると、直ぐにその當のNが人の善いツラをニュッと出して、ヤアヤアと言います。社の用事で訪ねたと思つたらしいんです。それで僕は、極く簡單に、これこれの女の人が君んとこに居るねと訊ねると、「ああ、R劇團のルリ子つて子だろ? 居ますよ」とアッサリしたものなんです。一週間ばかり前から來ていると言うのです。「そう言つて來ましよう」と直ぐにも取次ぎそうなので「いや、いや、會わない方がいいんだ。チョッとした事件で調べてみたいだけだから、僕が來たことも默つていてほしい」「へえ、そうかね」と言つて、Nはかえつて變な顏をしているんです。「とても良い子ですよ。氣性はチョット變つているけど」……それで僕はルリについていろいろ聞きました。R劇團の事も聞いたんです。ザコネの事も言つて笑つていました。
「なあに、あの子は、とてもそんな所には居れないと言いますけどね。實は大した事じや無いんですね。フダンにしたつて、そのザコネをするんだつて、わしはよく知つているけど、そんなにビンランした眞似は誰もしやあしません。今どき、いくら輕演劇團の中だつて、そんなアコギな、總當り制みたいな事がある道理が無いんだ。いやいや、そんな事があれば、わしなんざあ、かえつておもしろいと思うけどね、むしろ無さ過ぎるんで、つまらんでさ。ヘヘヘ! いや、案外に、ああいう所はキチンとしたものなんだ。エロエロばつかり搜して歩いているわしが言うんだから、まちがい無しですよ。だのに、それ位の事でルリが、とてもそんな所に居れないと言う。これ又、ルリにとつては正直ホントウでね。フフ! それはね、あの子の育ちのセイもあります。とにかく、たいへんな家庭で育てられたらしい。舊華族のカチカチなんだなあ。そういう所でギッチリと取りこめられて十八九まで來た。自分では、まるで氣が附かないで、身體だけは立派な一人前の女になつていた。それが、終戰後、いつぺんに解放されたんだ。風船玉が破裂したようなもんだな。生活もある。キリキリ舞いをして下界におつこつた。そいで當人は、そんな自分のことはチットも氣が附いていない。あたりまえだと思つている。落ち着いたもんです。つまり、一人前の女としては完全以上に成熟していながら、自分ではそれをすこしも知らず、性的にはまるつきり無知なんですよ。自分の内に虎を飼いながら、それを知らずにいるんだ。それが、いきなり、R劇團のような所に入つた。エロを賣り物にしているような劇團です。劇團員たちの生活も普通の常識から言やあ、とにかくアケッピロゲたようなもんでね。そういう劇團に永く居る者にとつちや、それが馴れつこになつていて、それがエロでもなんでも無くなつている。それがあたりまえなんだ。ところが、ルリ君には、こいつが、ひどく效いちやつた。出しぬけに蜂の巣に叩きこまれたような工合。カーッと虎が目をさまして、あばれ出したらしいんですよ。しかも困まつたことに、今言つた無知のために、當人、何事が起きたか、まるでわからない。ただ、キリキリ舞いをしているうちに、そいつが、妙な風にこんぐらかつたね。一種の、まあ、性的な閉塞症と言うか、恐迫觀念と言うか、性的なことを恐ろしく嫌つて、憎むようになつてしまつたんだ。實は、それは、性的なことを好いていて、そいつを待ち望んでいるのだが、自分でも知らん間にひん曲つてしまつて閉塞した状態なんだけどね。世間には間々あることで、實はそれほど珍らしい例じや無い。とにかく、男から手足にさわられたりするのを恐ろしく嫌がるようになつた。樂屋でも、時によると舞臺に出ていても、男優から裸の肩などにさわられると、いきなりキャーッと悲鳴をあげるし、樂屋便所の節穴などを自分の手でセッセとふさぐなんて事をするし、それでも時々、誰か覗いたと言つては眞青になつて便所から飛び出して來る。すべてがそうなんですよ。しまいに、みんな、奴は氣がすこし變だと言う事になつた。事實、こんな奴がどうにかした拍子に變になることがあるんだ。そうなると、面白いことに、これがガラリとあべこべに色氣ちがいになるんですよ。……まあ、そんなふうでとにかく、やつているうちに、ザコネと來た。で、がまん出來なくなつた。そこへ何か、起きたらしい。どつかの男から何かされたらしいんですよ。………もう死んだ方がましだなんて、口走つていましたよ。いや、わしは時々R劇團へ仕事かたがた顏出しをするもんだか
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