ゐる留吉である)
利助 (掘割の傍にペツタリ坐つたまま)お雪!
[#ここから2字下げ]
(留吉は先程から黙つてお雪を見詰めたまゝ、お雪と利助の言葉を聞いてゐる間に、次第に妙な気持になつて来る。何か、この場の事件と非常に良く似た事が、過去にあつた様な気がして来るのである。それが、もう少しで思ひ出せさうでゐて、思ひ出せない。こめかみを抑へてブルン、ブルンと頭を振つてゐる。果ては両掌で顔を蔽ふ。
暫く止んでゐた器械鋸の音が、奥の工場の方から、この時キユーン、キユーンと響いて来る。留吉頭をピタリと止める。……あの時の貨物列車の響と、此の鋸の音の相似)
[#ここで字下げ終わり]
利助 ……(フラフラと立つて、お雪のゐる丘の方へ行きながら)お雪――。
留吉 ……(顔からヒヨイと両掌を離して見ると、お雪の方へ歩いて行く利助の姿が、あの時、お香代に助けられた自分自身の姿ではないか。電撃を受けでもしたやうにブルブルツと震へて、五六歩丘の方へ利助の後を追つて叫び声を上げる)ああ!
利助 お雪、済まねえ! 今迄、俺が悪かつた。
留吉 ……済まねえ、お雪! 俺が今迄悪かつた! お香代! 俺が悪かつた、お香代
前へ
次へ
全93ページ中74ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング