い声。お雪の幼児が泣き出したのである。それは、此の緊張した空気の中に、しみ渡つて行くように響いて来る……)
(フイとそれに気が附いたお雪、スタスタと幼児の方へ行き、草上に坐つて抱き上げ、頬ずりをしてやつてから、黙つて、白い胸をスツとはだけて、幼児に乳房をふくませる)
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雪 ……(涙の流れ出した顔。兄の方を見て)兄さんの馬鹿。……永いこと、田地のことや、お金のことばつかりに夢中になつてゐたんで、兄さんにや、人の気持がわからなくなつてしまつただ。……おゝ、よしよし。
留吉 ……でも、さきおとゝひは、あんなにお前泣いた。……それを――。
雪 (時々しやくり上げながら)……利助は兄さんよりや、私にや大事だ。……私等女の気持、兄さんにや解らねえ。……わかるもんかよ。……利助の心持だつてわかりやしねえ。仕事はうまく行かねえ、金は無し、世間からあいぢめ付けられる――気が焼けてヂレヂレするもんだで、つい私に当るだよ。悪いなあ、利助ぢや無い。利助の気持知つてゐるなあ、私だけだ。……兄さんにや解らねえ。……(幼児に乳を飲ませながら、静かに言ひ続ける。頬に涙。それを呆然として見守つて
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