私あ随分見てやつて尽してあるんだからな。なあに。たゞ私は、君の腹を聞いてゐるだけなんだ。
留吉 ホントに、もう百姓をやつても合はないんですかねえ?
津村 みんな、よく、さう言つてゐるねえ。
留吉 どう言ふんだらうなあ? ……なんか、自分がこれまでの五年、思ひに思ひ続けて来た事が、急に嘘の様な気がするんだ。こんな事言つたつて先生にや解らねえだらうけど、それだけの為めに俺あ言ふに言へない苦しみを舐めて来たんですよ。田地の事と妹の事だけしきや俺の頭にや無かつたんだ。妹はああして、利助なんて妙な野郎とあんな風になつてゐるし、田地は田地で――。
津村 利助は、ありや又特別だよ。ありやよくよくたちの悪いゴロツキだ。君も知つてゐる、以前から山師で評判の良くなかつた男だが、近頃益々輪をかけて――。
留吉 いや、人の評判なんか、どうでもいいですがね、あれで苦労をしてゐるお雪が可哀さうでねえ……。(話の間に二人は墓地の中に入つてゐる。留吉は心覚えの両親の墓石を眼で捜してゐたが)あゝ、これだ。(なつかしさうに撫でる。器械鋸の音が響いて来る)お! (奥を見おろし、それから掘割を見て、アツケに取られてゐる)……
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