屋根の一部が見おろされる。時々キユーン、キユーンと器械鋸で材木を挽いてゐる響。留吉が、ひどく陰欝に考へ込んだ姿で出て来る。迫ひすがる様にして、津村。勤務の帰りと見えて、紺サージの背広姿)
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津村 それに、近頃ぢや宅地はとにかく、耕作の出来る田地や山林と来たら、まるつきり少くなつてゐるからなあ。農業をしても合ひはしないのに、どう言ふもんかなあ、人がそいだけ多くなつたせゐかねえ、とにかく売りに出る田地は少くなつた。
留吉 ……。三千七百円で無きや、どうしてもいやだと言ふのかね?
津村 四千円一文切れてもいやだと言ふのを、私がお百度を踏んでやつと三百円だけ引かしたんだ。
留吉 ……でも、親父が死ぬ年に、あの田を斉藤に引き取つて貰つた時は、二千円少し切れてゐましたよ。
津村 それが、その当時と今とでは金の値が違つて来てると言ふんだよ。
留吉 ぢや、その話は一時見合せて下さい。……少し考へたこともあるんだ。……三千七百円なんて金も俺にや無い。
津村 しかし、いや、なに此の私がもう一息押せば三千五百迄にはして見せる自信はあるさ。あすこの息子が町の中学に入学する時にや、これで
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