言っていたから今にここを通るだろう。じゃ私はチョット急ぐからね、ハハ、行きはよいよい帰りが怖いと言う奴でな、海の口まで行きは下り一方だからよいが、帰りはあの登りだからね、私の足だとマゴマゴしていると夜になってしまうからね。ハハ、じゃ。(歩き出す)
金吾 行ってござらして。
勝介 (遠ざかりつつ)こっちだったね?
金吾 はあい、そっちでやあす。

[#ここから3字下げ]
しばらく立って見送ってから、再び泥田をかきまわしはじめる音。山鳩の声……

そこへ林の奥から、四人の若い男女が歩きながら声を合せて歌う「札幌農大寮歌」グイグイ近づいてくる。足音、笑声、春子、敦子、敏行、香川の四人。
[#ここで字下げ終わり]

(歌)  都ぞ弥生の雲紫に
     花の香漂う宴の莚
     尽きせぬ奢に濃き紅や
     その春 暮れては移ろう色の

[#地から1字上げ](立ちどまる)

春子 (他の三人に)ほらね、チャンとここに居たでしょ?(金吾に)金吾さん、あのね――
金吾 (水の音をさせながら、頭を下げて)今日は、いいあんべえでやす。
春子 そう、いいあんべえ、ね。(クスクス笑いながら)あのね金吾さん、あんたにチョットお願いがあるけど――その前に、この皆さん御紹介まだだったわね?
金吾 (笑いを含んで)はあ、いえ、お迎いに行ったんでやすから、皆さん存じておりやす。
春子 でもお名前なんぞ、まだでしょ? 御紹介します。これは、同じクラスで私の一番の親友の敦子様。同じクラスじゃあるけど、すべての点で私のお姉様。
敦子 あらま、大変ね。神山敦子と申します。よろしく。
金吾 へい、どうか……
春子 そいから、これは私の親戚で、大学に行って、いるような、いないような敏行君。
敏行 ひでえなあ春坊。大学と言うのは高等学校や中学とは違うんだ。単位が取れさえすりゃ通学するしないは、こっちの自由なんだ。
春子 それから、こちらは敦子さんのイトコさんの香川賢一さん。札幌の農大にいらっしゃるの。
香川 よろしく。
金吾 よろしくおたの申しやす。
香川 なんですか、これ、水田にするんですか?
敏行 おいおい、早く行こうじゃないか。
春子 そいでね金吾さん、これからみんなで八つが嶽に登りたいんだけど道がよくわからないの。それであんたに案内して行ってほしいんだけど。
金吾 八つが嶽でやすか? 今からじゃ、
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