だけんど、皆さんの足じゃ、どうでやしょうか!
敏行 なあに、たかが一里たらずだろう、平気さあ。ああやって赤岳なんぞ鼻の先に見えてるんだもの。
金吾 いやあ、あんなふうに見えちゃいますが、登るのはグルグルと右手へ廻りこんでやして、第一、ちゃんと仕度しておいでんならねえと、あぶのうがす。
春子 敏行さんは偉らそうな事言ったって、たより無いのよ。おとついだって、この先きのちっちゃな沢を登るんだって方角がわからなくなって、しまいにベソかくんですもの。心細いったら!
敏行 バカあ、ベソかいたのは春さんじゃないか!
敦子 (金吾に)ホントに、お願いしますわ。途中まででもいいから登ってみたいの。
金吾 んでも、俺あ今日中にここを掻いとかんと困るで。
春子 だってそりゃ又明日だって出来るんじゃない金吾さん、お願い。ね!
金吾 そうでやすか。んでも、こんなナリだし……
春子 いいじゃないの。このワラジはけば、そら。さ足を洗って。(と、しゃがんで、金吾の足に手で水をかける音)
金吾 どうも。(恐縮して)いえ、いいんでやす。(しかたなくガバガバと手足を洗って上にあがる)
敦子 はい、わらじ。
金吾 へい、こりゃどうも。
敏行 (既にかなり離れた道の方から)おーい、こっちだねえ?
金吾 (わらじを穿き終りつつ、そちらへ)はーい、そっちでがあす。
春子 さ、行きましょ!
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(香川、春子、敦子、金吾の順で歩き出す足音。遠くでオーイと敏行の声)
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待ってよう、敏行さーん一
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音楽 短かい(軽快な行進曲風の)
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四人が歩きながら歌う「北大寮歌」
金吾は黙々として行列の先頭に立っている。――
(ここで繰返される「北大寮歌」の歌い方と歌の調子で登高の段階と四人の疲れ方や歩度や山の様子を暗示するように変化をつけること)
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歌(第一歌詞)
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都ぞ弥生の雲紫に
花の香漂う宴の莚
尽きせぬ奢に濃き紅や
その春暮れては移ろう色の
夢こそ一時青き繁みに
もえなんわが胸思いを乗せて
星影さやかに光れる北を
人の世の、清き国とぞあこがれぬ。
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(快活で、テンポ早いが、最初の歌ほど早くはない。一同の足音)
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春子 あらら、敦子様
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