Yという坊やと杉夫さんと俺と、それから父とで、ずいぶん永いこと立っていやした……」(祭りばやし)
金太郎君が私にそう語りました。
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表へ出て来る祭りばやし。
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……金太郎君は既に二十を越した立派な青年になっていて、それが今は亡くなった養父の金吾老人を思い出させるような質素な、ガッシリとした百姓姿をして、草に埋れかけた二つの墓を見やりながら、ポツリポツリと語るのです。その足もとには、もう老犬になったジョンが、そのほとんど盲いた目で、何を見るのか黙々として坐っていました。その時蝶が飛んでいたという墓のほとりには、既にどこを見ても蝶の影も、花の姿もありません。ただ、秋の半ばの水気のなくなった草の中に、春子という人の石の墓、それから、それと直ぐわきに並びもしないで、二間ばかりも離れた所に、金太郎君が建てたという金吾老人の墓が静まり返っているだけでした。
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音楽
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……それは私が金吾老人のことを聞きに、最後にそこへ行った時のことで、これでいよいよ東京へ帰るというので、スッカリ帰り仕度をしてから、金太郎君の家を辞し、お別れにもう一度と思って、金太郎君とジョンといっしょにお墓参りに寄った時のことです。その足で私は野辺山の駅へ出て汽車で帰って来たのですが……
金太郎君の話では金吾老人がその時「なあに四、五年もたてば、こんな石ころなんず草の下に埋まってしまって誰も気がつかなくならあ」と言ったそうですが、そうです、この私にしても一度東京へ帰れば、もう再びこの二つの墓に参る折もないだろうと思いながら、別にかけてあげる水も無いままに、その墓石にソッとさわってみました。秋の陽を浴びた石は、いくらかぬくもりを保ちながら、しかし底の方から冷々とつめたい。どういう美しい人であったのか、その春子という人を私は遂に見ないわけです……。金吾老人は終戦の次ぎの年の秋ごろ二三日風邪をひいて寝ているうちに、誰も気が附かぬうちに亡くなっていたそうです。安らかな、すこし微笑んでいるような死顔だったそうで……ほとんど一生を唯一人の人に想い入って、その他のことを思うことのできなかった男、そういう事に男の一生をかける事が、幸福であるか不幸であるかさえも考える余裕もなく、その生涯を泣き暮し、しかもその晩年に於ては始終明るく
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