閧オなさい。
杉夫 はあ。……(墓に水をかける)お母さん!(軍靴のカカトをカチッと鳴らしてから低い声で)一週間前に復員して参りました。こうして敏子と一郎と一緒いますが、みんなお母さんのおかげです。
敦子 そいから金太郎ちゃん、あんたも春子おばさんに水をあげてやってね。
金太 うん。……(水をかけて)おらだよ、春子おばさん。
敦子 そいから、金吾さん。
金吾 (静かに歩を移して二三間離れていたが)……なに、俺あ、ええ、敦子さま。
敦子 そう? そいじゃ……(二度三度と水をそそいで)春さん、熱かったわねえ。……水をかけてあげる。……(又水をそそぐ)

[#ここから3字下げ]
遠くでキッ、キッと鋭どい小鳥の声。
[#ここで字下げ終わり]

敏子 あら、きれいな蝶々! 今ごろ蝶がいるのかしら?(一郎がその蝶に向って手を出してプウ、プウと言う)
金太 春子おばさん蝶々が好きで、おらといっしょに追っかけて歩いたっけ。
敦子 金吾さん。
金吾 (金吾四、五間はなれた所から)はい。……(なんとなく答えて、こちらを見て立っている)
敦子 (低い声で)敏ちゃん、見てごらん、金吾さん寂しそうだ。
敏子 (これも低声)ええ。……(プウ、プウと一郎の声)

[#ここから3字下げ]
離れて立った金吾の姿を、こちらの四人がジッと見ている。サヤサヤと吹過ぎて行く風の音。

音楽(エレジックなテーマの。しかし暗くはない。場合によっては歌詞のない男声のみの二部合唱であってもよかろう。テーマを充分に押し出して。……やがて音楽を下に持って――。[#「――。」はママ]
[#ここで字下げ終わり]

作者 ……「そうでやす、そんな時、春子おばさんの墓に水をかけながら、すこし離れて立った父の方を見ていたら、どこからか飛んで来た白い蝶が一匹、ヒラヒラとそこらを飛びまわりやした。それを見ているうちに俺あ、なんだか、春子おばさんが出て来て、父のぐるりを飛びまわっているような気がしたんです。……するとそんな時、春子おばさんの好きだった祭りばやしが山の奥から響いてくるのを聞いたような気がしやした。あれは俺の空耳だったのかもしれねえ。しかし、もしかすると奥の部落ではやしの稽古がホントに始まっていたかもしれねえ。……(その祭ばやしが、はるかに鳴りはじめる)とにかく、そうやって、春子おばさんの墓を囲んで敦子おばさんと敏子さんと一
前へ 次へ
全155ページ中152ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング