わよ! ころぶわよ! どうしてあんなに、ピョン、ピョン駆け出すんでしょう?
勝介 うむ、この馬車を見てびっくりしたのかな?
春子 かわいそうに! ほら、けつまずいたわ! 今に転ぶわ!
壮六 (笑いを含んで)いえ、あれで、なかなか転んだりはしません。生まれ落ちると一時間位で直ぐトコトコ駆け出すもんでがして。
春子 だってあんな川原のゴロタ石ですもの下が。転んだら脚が折れてしまうわ! あんな小さい――まだ一年位きゃ経たないんでしょ、生れて?
壮六 はあ、いえ、まだ三月そこそこでやす。
春子 三月? そいじゃまだホンの赤ちゃんじゃありませんの。石の上をあんなに駆けては爪だって痛いわ、キット。なんとかならないかしら? えお父様、なんとかならないかしら?
勝介 しかし、小さくても、とにかく馬だからね。
春子 だって、かわいそうじゃありませんか! あらら! あんなにアワてて! この馬車よ。この馬車にびっくりしたのよ! ね、馬車をとめて! お願い!
壮六 (しょうことなしに、馭者に)おい、小父さんよう、ちょっくら、停めてくんない!
馭者 ああん? もっと早くやるか?
壮六 そうだあねえ! 停めてくれろつうんだ!
馭者 わあ?(とラチがあかない)
春子 かわいそうに! お父様、かわいそうだわ!(泣きそうになっている)
勝介 (困って)だが、どこまで走って行くのかね? 馬車の行く方へ行く方へと行くのだから、どうも、きりが無い。(言っている中に、やっと馬車が停って、あたりが静かになる)
春子 坊や、もう駆けるの、よしなさい! 駆けるの、よしなさい!
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静かになった遠くの川原で微かに馬のいななく声。
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春子 あらら! あの岩の蔭に馬がいるわ! 親馬かしら?
壮六 ああ、おふくろ馬でがす、あれが。なんだ、母親の所へ駆け出したんだ。ハハ! 小僧め、遠っ走りして遊んでいる所へ、馬車を見てたまげちゃって母親の所へ逃げ帰ったんでやすよ。途中でとまらねえわけだ。
勝介 やれやれ! ハハ、たちまち落ついて、親馬の腹に顔をこすりつけている!
壮六 ああやってまだ乳を呑むんでやす。
春子 まあねえ!(涙ぐんだ声)よかったわ! よかった!(ほとんど泣いている)
勝介 やれやれ!
壮六 ハハ、仔馬なんて、みんな、ああでがす。
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