? どうだろう君?
壮六 そうです、たしかあれがタデシナで。だなあ、金吾?
金吾 うむ……(と低い声)
壮六 お前どうにかしたんか?
金吾 いや……
壮六 急に黙りこくっちゃってさ。
勝介 いいんだ、いいんだ。ハハ……(とこれは田舎者のはにかみには馴れていて、金吾をそれだと思っている)
春子 あらら!(と言ってから口を手でふさいで下を向いてクスクス笑い出す)フフ、フフ、フフ!
勝介 なんだ? え? どうしたんだ?
春子 フフ、いえ、あの……フフ、フフ!
勝介 なにがそんなに――?
春子 だって、フフ……(父の耳元へ口を寄せて小さく)あの手! なんてまあ、ほら!あの方の――
勝介 (これもすこし小さくした声で)うん、手をと?……(向う側に坐った金吾の両手に眼をやって、これもびっくりして)おお、なるほど!
春子 ね、お父様、フフ……
勝介 うむ、こらあ大きい!(これも笑い出している)
春子 フフ、まるでミットみたい!
勝介 見事だ、うむ、ハハ!
壮六 はあ? なんでございましょうか?
勝介 いやいや、なんでもない。この、金吾君といったか、柳沢だね? この人の手があんまり、大きいもんだから、これがびっくりしてね、ハハ、ハハ! いやいや、金吾君、かくさないでもよろしい。こういう、直ぐ何でもおかしがる子だ。決して失礼な気持で笑っているんじゃない。そういう立派な手は東京あたりにはもう見られないもんだからね。
壮六 ハハ、そうでやすか。なんしろ、永いこと重いマン鍬なんど使っていやすと、ゴツくなりやして、中でも金吾のはここらでも大将でやす。
勝介 (笑いを引っこめて)いや、そういう手が日本の土地をひらいたり、山に木を植えたりしてくれるのだ、うむ!(金吾に)なにかね、君は将来この奥で高原地の農業やりたいそうだな?
金吾 ……はい、はあ。(口の中で)
勝介 結構だ。まだ若いようだが、いくつになったかね? え?
金吾 あの……(言葉が出ない)
壮六 (見かねて引きとって)二十四でやして。同い年で、私と。
勝介 そうかね、そりゃ……これからだ、すると、これから、諸君の時代だ。明治も今年は四十年だ、わしらみたいな天保生れの老骨はソロソロひっこんで、諸君が引きついでくれなくちゃならん。そうだ、寒い地方の農業、ことに高原地の農業は日本ではまだあまり研究されていない。ただなり行き次第でやられている
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