ノゾウリの音を忍ばせてベンチの背後に来て立聞いていたのが、寄って来て)春子には後で私から言うから、その金は私に貸しといてくれないかねえ?
敏子 あら、お父さん! いつの間にここへ?
敏行 へへ、金吾君が訪ねて来て二人でこっちへ来たと言うからね後をつけてきたが、夢中になって気がつかないようだったな。
金吾 こりゃ、敏行さまでやしたか。しばらくお目にかからねえで。
敏行 やあ、はは、君あ相変らずお元気のようだね。私は、ごらんの通り、もういけないよ。今では妻や子供にも捨てられてしまったようなテイクラクでね。
敏子 嘘っ! 嘘だわ! お母さんや私を捨てたのはお父さんじゃありませんか。おめかけさんが二人もいたのを忘れたと思つて? そして今は又私を芸者にしようとしている。よくもそんな大嘘を!
敏行 まあまあ。お前なぞにはなんにもわかりゃしないんだ。いや金吾君、いろいろわけがあってね。はは、春子のあとで一緒に暮していた女とも別れてね。いや人間落ちめになるとみんな離れて行くもんだ。横田なんて奴が今じゃハブリをきかしてな、春子などもその後いろいろ男を渡り歩いて、間に、横田のめかけみたいになった事もあるらしいがね、それもこれもこっちに金が無いのだから仕方がない。ただこの敏子にまで横田がサツビラを切って手をかけようとしている。こいつだけは、いかな私も我慢がならないんだ。察してくれたまえ金吾君。だから本来この子を芸者なぞには出したくないんだがね、私も今のままではしょうがないんで、ちょうど浜の方に口があるし、御存じの満洲がああだしな、乗るかそるかもう一度やって見たい、それでどうしても五六千いるんだ。どうだろう、その金を一時拝借させてくれないか。勿論私が立ち直ったら二倍にしてお返しする。その代り――代りと言っちゃなんだが、この敏子も芸者にしないですむし、春子のことも一切君におまかせしてもいい。どうだろう?
金吾 へえ、そりゃ私の方はどうせ使ってもらうつもりで持って来たものでやすから!
敏子 駄目っ! 小父さん、こんなお父さんの言うことなぞ真に受けては駄目よ!
敏行 はは、さっきからお前が言ってたホントの父親ではないと言うわけか? 金吾君、人間も落ちぶれると自分の娘から、こんなことまで言われるよ。まあいい、何とでも言いなさい! どうだな金吾君、私を助けると思って、それだけの金そっくり貸してくれな
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