轣jいやあ、わしもぶったまげやした。あのちっちゃな敏子さまが、こんなイカクなっていようとは夢にも思っていなかっただから!(二人の会話は、まるで久しぶりに逢った仲良しの子供が話しているようにあどけない)
敏子 ほほ! 私そんなに大きくなった?
金吾 大きくなりやした! はは!
敏子 金吾小父さんも、とても――(と金吾の横顔をマジマジと見て)あの、髪の毛が白くなっちゃったわ!
金吾 はは、そりゃもう、しょうがねえでさ。
敏子 ほら!(と金吾の頬に手でさわる)こんな、おヒゲまで白くなって――(不意に涙声になる)まっ白だわあ!(オイオイ泣く)
金吾 (あわてて)これこれ人が見るだから、そんな敏子さま!
敏子 (涙声のままで快活に笑い出す)小父さん、今でも盆踊りの歌、うたってる?
金吾 木仏金仏でやすか? 歌いやすよ。敏子さま、あれが好きだったなあ。
敏子 そいから山奥の小びとのお囃し、聞こえてくる?
金吾 はは、聞こえてきやす。
敏子 行きたいな信州へ! あたしね、今、小倉にこうやってあずけられていてね、おかみさんはとても良い人だし、芸ごとを習うのもイヤじゃないんだけど、とにかく芸者になるんでしょ。急にイヤになることがあるの。おさらいなんかしてる時にヒョッと信州思い出すと、三味線なんか放りだしてしまって駆け出して小父さんとこに行きたくなるの。
金吾 そうでやすか。……いや実はお母さまから手紙がきやしてね、敏子さまが芸者になると書いてあるもんで、俺あ心配になって、こうやって出てきやしたけどね、お母さまは今どこにいらっしゃるんで? 麻布の石川さんという内にも行きやしたけんど、そこにもいらっしゃらねえし、そこの女中さんから教えられてこっちへ来やした。
敏子 お母さん、三四日前にチョッと私んとこに寄ったわ……小父さん、この向うへ渡りましょ。向うが公園でね……(二人が急ぎ足で電車道を横切って行く足音)ほら、一杯木があるでしょ? あたしつらくなると時々ここへ来ちゃ、お母さんや小父さんのこと考えてるの。このベンチに掛けない?
金吾 (並んでベンチにかける)……そいで、お母さまはどこへ行かれたんでやしょう?
敏子 それが私にもハッキリ言わないの。横浜の敦子小母さまの所に行くんだとか、秩父のセメント山の方へ寄るとか言ってたけど。横浜の父がああして私の事でチョイチョイ来るし、それから横田の小父
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