オかしそんな事はこれから一本でお座敷に出ようという子の前人気みたいなもので――ですけど、横田さんから金をもらったために私がこんな話をしているように取られちゃ、いかになんでもこの小倉の内ののれん[#「のれん」に傍点]が可哀そうじゃございますまいかねえ。旦那も一昔以前はここいらであれだけ羽ぶりをきかした方なのに、それがそういう事をおっしゃりはじめると話がおもしろくなくなっちまうんですけどねえ。じゃ本人を呼んで一度聞いて見ましょう[#「見ましょう」は底本では「見ょしまう」]。本人は横田さんの話も嫌がっているようですけど、お父さんのあなたのお話も、なんですかあまり喜こんじゃいないようですよ。
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(ポンポンと手を叩く)
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清乃 (若い芸者。次ぎの室から)はい。……(と言って出て来て)御用ですか?
おかみ あのねえ……あら清乃ちゃん、あんた田口の御宴会の方、お約束だったろ?
清乃 はあ、あれは三時ですから。
おかみ でも、そろそろ髪ゆいさんの方へでも行ってなにしないと。あのね、裏の座敷でみんな、お稽古だろ。敏子ちゃんにチョイとこっちへ来てちょうだいと、そ言って。
清乃 あら、敏ちゃんなら、さっきチョット裏から出て行ったんですけど。お客さんが見えて。
おかみ お客? すると又おっ母さんでも来たの?
清乃 いえ男の人ですけど。あたしが取り次いであげたから――なんですか、田舎言葉の、ゴツゴツした。そいで敏子さまにお目にかかりたい、敏子さまと言うんですの。柳沢の金、なんとかって。
敏行 え? 柳沢の金吾が?
清乃 はあ、とても人の良さそうな――で敏ちゃんにそう言ったら、敏ちゃん飛びあがるようにして一緒に裏から出かけたんですから、公園の方へでも行ったんじゃないでしょうか――
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音楽(昭和十年ごろのフォックス・トロットのレコード曲。烏森を芝公園の方向へ出はずれる辺の町通りの喫茶店からの)
金吾の下駄の音と敏子のポックリの音が並んで行く。
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敏子 (十六位になっている。昂奮している)あのね、清乃ねえさん[#「ねえさん」は底本では「ねえんさ」]が金吾々々と言うんだけど、はじめわからないの! そいでヒョイと覗いたら、金吾小父さんだわ! びっくりしちゃった!
金吾 (敏子の美しい姿を見上げ見おろしなが
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