そんでも日本国のタンボはふえるべし。
壮六 そんでもさ、飽きもしねえでよ!
金吾 飽きもしねえのは、俺だけかよ? 農事試験所で農林なんとか号のモミつぶなんぞ抱いて寝たりしているなあ誰だっけ?
壮六 あっははは!
金吾 は、は、は……
壮六 おっと、かんじんの用件忘れちゃ、あかんわい阿呆め!
金吾 なあんだ、阿呆はおのしずら、ハハ。県庁から言われたと?
壮六 うん、ひとつ頼まれてくれ金吾。なんでも農林省の偉えお人だ。ううん、農林省と言ってもお役人じゃ無え、そこの山や林なんどの、ええと、顧問とかって、学者だ。黒田博士と言ってな、それがこの奥の野辺山へんを見てえそうだ。県庁の山林にいる斉藤さんのもとの先生だつう。いやいや、こんだは県の仕事で来たんではねえから命令では無えつうんだ。なんでも、この奥の良さそうな所に別荘でも建ててえような話でな。急に案内してくれろって言われてな、ここまでは俺が案内して来たが、これから奥はお前がくわしいからなあ。お前を頼んで見ようてんで、この下に馬車あ待たしてあるんだ。
金吾 へえ、すぐこれからか?
壮六 うん、頼まれてくれ。清里の方へ出て、あれから小淵沢へ抜けるか長坂へ下るか、都合で明日までかかるかもしれんが、日当はちゃんと出して下さる模様だ。俺あどうせ、落窪にちょっくら用があるからな、そこまで一緒に連れなって行って、直ぐ試験所へ戻らざならねえ。
金吾 困るなあ。もうへえ、あと二日もやれば、ここの仕事はおえるとこだからな。
壮六 いいだねえか、地面がお前、飛んで逃げて行きやしめえ、頼まれてくんなよ。それが俺の考えたなあ、お前は行く行く、この奥で百姓する男だ。そんな偉いしが別荘建てたりするのと知ってれば、又なんか都合の良え事もあらずかと思ってよ。
金吾 うん、そりゃそうかもしれんが……んでも、そんな東京のしなんずと口いきくの窮屈で俺あ、ごめんだなあ。
壮六 ハハ、なあによ、どうであんな衆から見りゃ、ここらの俺たちなんぞ、熊かなんかと同じもんずら。挨拶のしよう一つ知らなくても、かまうもんかよ。さあさ、行くべし、行くべし!
金吾 そうかあ。んでも、このマン鍬、かたずけて――
壮六 (もう崖下へ向って歩き出している)なあに置いとけまさか、トンビがその重いもん、くわえて行きやしめえ、ハハ!
金吾 (これもその後に従つて歩き出しながら)だけんど、ちょっく
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