、どう!(と、馬に)こうら!(馬と馬車が停る)
壮六 (馭者台から飛びおりて)直ぐでやすから、ちょっくらお待ちなして。……(小走りに崖道の方へ)
春子 どうしたのお父様?
勝介 いや、ここから奥を案内してくれると言う人が、この上で働らいているんで、呼びに行った。
春子 そう?……(又、川の方へ目をやって)
同じ千曲川と言っても、いろいろになるのね。さっきまで、あんなにゴツゴツして、流れが急だったのにこの辺は、こんなにユックリ流れてる。水かさだってずっと多いわ。いいなあ!
勝介 うむ、きれいだね。
壮六 (既に離れた、上の方で)おーい、金吾う? 金吾よーい!(それが方々にこだまする)
春子 (気持よさそうに、はじめ低音で、ひとりでに思わず知らず出て来た歌――女学校唱歌「花」)
春の、うららの、隅田川。
壮六 金吾よーい!
春子 (歌)のぼり、くだりの、舟びとが。
金吾 (かすかに、ずっと上の方から)おお――い。壮六かよーう?
壮六 はは! 俺だよう! 金吾よう!
金吾 おおよう!(それらの呼声は全部、山々にはるかにこだまして響く)
春子 (その中で、次第に声を張りあげつつ、馬車の窓わくをトントン叩いて拍子をとりながら、ウットリとして歌いつづける)かいのしずくも花と散る。――
   ――(その歌の中に)


[#3字下げ]第2回[#「第2回」は中見出し]

[#ここから3字下げ]
 金吾
 壮六
 春子
 勝介
 敦子
 敏行
 鶴

(音楽)
[#ここで字下げ終わり]

壮六 (ポキポキと枯小枝を踏んで崖道からあがって来ながら)おい、金吾よう!
金吾 やあ、壮六かよう。うっ!(と、重い開墾鍬を小石まじりの土にガッと打ちこんで)……どうしただよ、今時分?
壮六 うん、県庁の斉藤さんに頼まれてなあ、東京の偉え人を案内して急にこっちいのぼって来ただ。……おうやしばらく来ねえ内にここはもうスッカリ開墾でけたなあこいつは、立派な畑になるぞ!
金吾 (気持よさそうに笑って)ハハ、畑だあ無え、水田にすんだ。もうへえ田ぶしんの石垣つめば、水あこの上から引けることになってるしよ。
壮六 なんとなあ――、うむ! だけんど、お前ほどタンボの好きな奴もねえなあ! こうして、ウンウン言って次ぎから次ぎと旦那衆の山あ開墾しても僅かな日当くれるだけで一坪だってウヌが田地になるわけでも無えに。
金吾
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