o来上っておめでとうございます。かねてわれわれは、農を以て国の基となすという信念にもとづいて、百姓の勉強している者でありますが、かねてこの土地第一の立派なお百姓である、ご当家の柳沢金吾さんに対して、敬意を抱いているものでございまして、本日こうやってまかりこして、その敬意の一端を現わすことの出来たのは、大変光栄であります。塾長山崎と申しますが、一同を代表して、一言……それではお祝いに、道場の歌をみんなでうたいます。はい、一、二、三!

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バババン、バババン、バババン、バンと小太鼓の前奏がちょっとあって、八人ばかりの青年が明るくうたい出す。二部合唱、農民道場の歌。(前出)
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壮六 どうもありがとう山崎さん。そいから生徒さん方も、どうもありがとうよ。
喜助 たはっ! みんなよく来た。農民道場かなんか知らんが、こいでみんな百姓の息子ずら。ひとつ頼むからここの金吾に負けねえ位にいい百姓になってくれよ。さあさ、一杯いこう!
生徒一 (茶碗を持たされて)しかし、わしら、まだ酒は飲めねえんで。
喜助 なあに、酒が飲めねえようじゃ、いい百姓になれねえぞ。塾長さんが居たって配慮するこたあねえ。さあ、飲め飲め。お豊、酌しろ。

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生徒たちが笑いさざめく声。
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壮六 (金吾に)金吾、お前も何とか一言挨拶しろい。
金吾 そうか……(立ち上って、何か言おうとするが、うまく言葉が出て来ない) ええと、どうも皆さんありがとうございやす。ええと……(金吾の言葉をきこうと一同がシーンとする)あのう、俺あ口不調法で、そんじゃ、お礼のしるしに、下手クソだけんど歌を一つうたいやすから、かんべんなして……

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一同が拍手。小太鼓がすり打ち。それがピタリとやんで、いきなり胴間声を張り上げる。下手な黒田節。下手ながら、喜びに溢れた器量一杯の節廻しで。

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「春の弥生の朝ぼらけ、よもの山々見渡せば、花ざかりかも白雲の、かからぬ峰こそなかりけれ、かからぬ峰こそなかりけれ……」

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ワァーッと一同喊声、太鼓のすり打ち。
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喜助 ひゃーっ、へんな歌知ってやがるな、なんてえ歌だ?
金吾 俺あ下手だあ。黒田節と言ってな、別荘の黒田先生から俺
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