ネんとか言ったっけ、金――金助、いや金吾――さんだったっけか、暫くだったねえ。
金吾 ええと、あんたは――ああ、あん時の――横田さんでやしたね。その節はいろいろお世話になりやして。
横田 いやあ、ははは。あん時あ黒田君に頼まれて、ここの土地を売り払いに来ただけでね、別にお世話になったと言われても、へっへっへ、どうだいその後? (連れの男をふり返って)石川、それじゃな、お前は馬車の所に引返して、そう言っといてくれ。間もなく駅までまた戻るから、いっ時待っていてくれって。
石川 へい。だけど、社長だけで大丈夫ですかね。
横田 なあに、たかが女子供だ。お前は向うで待っててくれ。
石川 へい、そいじゃ(森の中を、もと来た方へ引返して行く)
横田 ははははは(畑を突っ切って別荘の方へ歩いて行きながら)金吾君、春子は別荘の中だろ?
金吾 え、春子?
横田 なんだ? はは、なる程、呼びすてにしたのがいけないかね、へっへへ、なる程君にとっちゃ変に聞えるかも知れんな。しかし、あれから七、八年たっているんだぜ。世の中は動いているよ。今じゃ、この私がセメント山の社長でね。黒田さんは引退しちゃって、今は何処に居るかな。春子が私のなにをしてるか、当人は言わなかったかね? この間からヒョイと居なくなったんで、えらい探して、へへへ、やっぱしここに来ていた。すまんが、君あいっ時見ないふりをしててくれ給え。
金吾 ……(石になって立っている)
敏子 (火がついたように叫びながら、別荘の中に駈け込む)お母あちゃま、お母あちゃま、こわいよう! お母ちゃま!
横田 はははは(足音をさせて別荘のドアの方へ)
春子 (その奥から出てきながら)え、どうしたの、敏ちゃん――? あっ!(呆然と横田と相対して立つ)
横田 はっははは、やっぱりここだったなあ。さあ春子、すぐ東京に帰るんだ。
春子 あの、そんな、そんなことおっしゃっても、もう私は――
横田 まあいい、まあいい。つまらないことを考えると、またろくなことはないぜ。まあまあ、こんな所で話もできない、中へ入ろう、おい(春子の胸をつくように、別荘の中に入って行き、ドアをバタンと閉じる)
金吾 あ、春子さま! ……(二、三歩思わず歩き出すが、立停って、そのドアの方をじっと見つめている。間……その閉ったドアの奥から、火がつくように敏子が泣き出した声が聞える。それをききな
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