浮ゥってやすよ。
春子 敦子さんといい、ああいう人達といい、それから金吾さん、私の知っている人にはいい人がいっぱい居るわ。だのに、どうして私という人間は、いつまでも、しようが無いんだろう?
金吾 いつか一緒においでた鶴やさんというばあやさんはどうしてやす?
春子 鶴や? あれも、いい人間でね、でもそんなわけで私があちこちしてる間に、甥をたよって浜松の方へ引っこんでしまったの。
金吾 そうでやすか。
春子 ……(遠くの祭りばやしが調子を高める)私ね、ここにずうっと居さしてほしいように思うんだけど? そいで、だんだんにお百姓の仕事をあなたに教わろうと思うの。
金吾 いや、そりゃ、春子さまが居てえと思うだけおいでなしたらええ。この別荘は春子さまのものじゃから。
春子 だって、そんな……でも安心した、ここに居さしてね、金吾さん。

[#ここから3字下げ]
祭りばやしの音が、湧き立つように流れてくる。

それが、明るい、さわやかな、信州の音楽のテーマに変って――

よく晴れた、昼前の山荘をとりまく林に、小鳥たちが囀り騒ぐ音。
[#ここで字下げ終わり]

敏子 (快活な調子で)お母ちゃま、こんなきれいな花!
春子 (明るい快活な調子になっている)まあ、きれいね。敏ちゃん、あんまり向うへ行くんじゃないのよ。お母あちゃまはおじちゃんの加勢と、お昼の御飯の仕度がありますからね。あんまり遠くへ行くんじゃないのよ。
敏子 はあい!
春子 やれ、どっこいしょ。(金吾が刈り込んだソバの木の束を集めて、軒下へ運んでいる)
金吾 (ソバの木を刈り込みながら、これも明るい声で)春子さま、もうそりゃいいだから、すこし休んでござらして。あんまりいっぺんにそんなことするとくたびれる。
春子 なに、まだ平気よ。だけど夜はもうあんなに寒いのに、昼間こうして天気がいいと、まだなかなか暑いのね。ほら、こんな汗。
金吾 でやしょう? でも、これから一日増しに寒くなって、日が短かくなりやす。ここ当分百姓は目が廻るように忙しくてね、はは。
春子 でも、この別荘のぐるりを、こんなに金吾さんが切り開いて、こうやってソバをまいたりして下すっているの、これまで何度も何度も目には入れていながら、ホントに見たのはこれがはじめてよ。ありがたいわ。これをどうすればおソバになるんですの?
金吾 はは、なあに、これをよく乾してね、それを
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