a気が治ったと思ったら、あの人は別の女の人と行方知れずになって、その後横浜にいるといいますけどね、セメント会社の方は、いつの間にか横田が社長のようなことになって……この六、七年をふり返ってみると、ホントに言うに言いきれないひどい目にあってきたわけなの。だのに、どういうんでしょう? そういう苦労はただ辛いだけで、ホントはちっとも身にしみないの、ただもう、体が弱りに弱るだけで、なにか自分の生活はここでこうしているこの生活だがはっきりわからないけど、どうも今自分がひどい目にあったり、相手にしているおかしな男の人などはみんな嘘で、別にどこかに私のホントの暮しはある、私のホントの相手の男の人は別にどこかにいる、そういう気がするの。そう思うと、きっとなくなったお父さまのことを思い出すのよ、だもんだから私を相手にする男の人が、すぐ私のことをつまらながるのね、すぐあきるの、面白くない、お前は空っぽだ、そう言うのよ、その筈だわ、からっぽですもの、わかる私の言うの、金吾さん。
金吾 俺にゃよくわからねえ、どうも。
春子 それで、そうやってさんざんな目にあって、その間、この敏子を抱えて、その間、二度も三度も里子に出したりしましたけどね、ずいぶんつらかった。敦子さんのことは年中思い出したけど、それまでにあんまり御心配をかけたんで、もうお世話になるのが心苦しくて、敦子さんの所へは行けないの、あの方のことだから、そりゃ私のことを心配して下さって、近頃では私の行先々を追っかけ廻すようにしていらっしゃる。でもどうせお目にかかってもまた心配をかけるだけだから悪くって、逃げ廻ってきたの。敦子さん今頃怒ってらっしゃるわ。ホントにすまないと思う。
金吾 そうでやすか。
春子 する中、ひょいと、ここのことを思い出したんで、それからあなたのことを思い出したんで。そしたら、ここに来れば、そしてあなたにあえば、そこにお父様もいらっしゃるような気がしたの。それでフラフラと汽車に乗ったのよ。それがしかし、二三日前から体の調子が悪いのと、お金がなくて食べるものを食べていないものだから、汽車を下りてすぐああして、わけがわからなくなって、お豊さんに助けていただいたんです。ホントに何と言っていいか――お豊さんて方、それから御主人の喜助さんですか、いい方たちだわね。
金吾 はあ、ありゃいい夫婦だ。俺なんずも、あの人達が居るんで
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