iしばらくして、今すれ違った馬が歩きながらヒヒーン、ヒヒーンといななく)
春子 (その声にビクッと眼がさめて)お、お父さま! 助けてお父さま、助けてちょうだい! お父さま!
金吾 春子さま、どうしやした? 春子さま!
春子 ああ金吾さん。どうしたんですの? ここ、どこ?
金吾 金吾でやすよ。信州でやすよ。海の口だ。これから別荘へお連れしやすから、どうか安心して、
春子 ああ、(と安堵のといきをついて)あの、お豊さんという方は――?
金吾 お豊さんがあんたさまを助けてくれて、そいで俺の方に知らせてくれたんで、こうして俺あ迎えに来たんでやす。
春子 そう、ホントに……今、なんか仔馬が鳴かなかった?(あたりを見まわす)
金吾 へえ、鳴きやした。
春子 私……なんか、お父さんと一緒に、あの馬車で行ってたの。夢を見ていたのね。ふう。……(とといきをついて周囲を見まわす)
金吾 そうでやすか。(言いながらリヤカアを引いて歩む)
春子 ……ホントに金吾さん、すみません。こんな御心配かけて。……私、東京では、もう、どうしようもなかったの。敦子さんにはあんまり度々御心配をかけたし、悪くってもう行けなかったの……そいで、あなたの事を思い出したの。そいで、フラフラとこちらにやって来たの。かんにんしてね。
金吾 いいんでやす。いいんでやす。そんなに口きいちゃ疲れるから――
春子 いえ、もういいのよ。……山も川もこの道も昔のまま――ね。……お父さまと、一番最初、馬車で行って、二度目も三度目も、それから……そこを又、あなたに引かれて、こんなリヤカアに乗って通る。金吾さん……私って、しようの無い、えてかってな女ね。
金吾 そんな、春子さま、そんなこと――
春子 ……罰が当ったのよ。罰が当った。――
[#ここから3字下げ]
この時、遠くから風にのって流れて来る秋祭りのハヤシの笛と太鼓の浮き立つような音。
[#ここで字下げ終わり]
春子 あら、なにかしら――?
金吾 この奥の村でそろそろ祭りだから、ハヤシの稽古だ。(歩みつづける)
春子 ……ああ!(と魂の底から出てくるような嘆声)いい音! ……(ハヤシが高調にかかる)……お父さん! (しみじみと泣き出している)お父さん! 春子を許して、お父さん!
[#ここから3字下げ]
リヤカアのきしり。金吾の足音、祭りばやし。
[#ここで字下げ終わり]
前へ
次へ
全155ページ中74ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング