黷ワしたがね、なんしろあの気性だし、子供は多いし、まあま食べるに困るという事もない代りに、金が溜るという事も無え。なんてえ事は無い、気楽な貧乏世帯で。はあ、そうでやす。柳沢の金太郎はわしの末っ子で、あれは、その後、金吾さんが、俺の所に養子にくれろと言いやしてね。俺あ一生女房もらわねえから子が出来る当てがねえ、んだから、お豊さんお前の生んだ子に俺の後を取らせてえと、そう言ってくれやして、はあ。そんで名前も俺に附けさせろつうので金吾の金を取って金太郎とつけてくれやした。もっとも、これはもっとズット後の話でやして……そんなわけで六、七年、春子さんはフッツリこちらへは見えなかったが、その間金吾さんは百姓仕事をコツコツやりながら黒田の別荘の世話をズーッとつづけていやしたから、腹ん中じゃ、しょっちゅう春子さんの事は考えちゃいたんでやしょうが、口に出しちゃ、春子さんのハルとも言わねえ。そったら人でやす。その間、春子さんの方は、薄情と言いやすか、ハガキ一本よこさねえような加減でやしてね……するうち、六、七年たって、そうだ、あれはもう小海線の汽車が海の口まで開通していやして、だいぶ便利になっていたっけが、私あちょうど用があって、海尻の内から、駅の向うの左官屋へ行っての帰り途でやした。もう秋口で、夕方おそくなったんで、もう寒うがす。急いで帰ろうと村はずれの権現さんの曲り角の所まで来ると、すこし薄暗くなった中に二、三人、人立ちがしていやす。

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すこし離れた所を千曲川が流れる水の音。
道を急ぐお豊の下駄の音。
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村人一(男) どうしたつうんかなあ? こんな所にいつまでも倒れていて、もう日が暮れるがなあ。
村人二(女) だって、どっか加減が悪いずら?(そこ倒れている人に向って)なあお前さま、どうしただ? よ? どっか悪いのかい?

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かすかに女の唸る声。お豊の下駄の音とまる。
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村人一 とにかく様子が、このへんの者じゃ無え。汽車でやって来ただなあ。
村人二 可哀そうにさ。こんな小さな子まで連れて――ねえよ、あんたさん! どうしただよ?(女の低く唸る声。……子供に)おめえ、どっから来ただい?
少女 (七、八才位の)あっち。
村人二 これ、おめえのおっかあかよ?
少女 うん。
村人一 ガタガタふるえ
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