るそうだけど。
金吾 そうでやすか。……敦子さまは、すると相変らずおたっしゃで?
春子 えゝ、結婚なさって、横浜にお住いなの。そりゃお仕合せでね。しかしまだお子さんが無くて敏子を可愛がって下さるの。一週間に一度ぐらい来て下すって――昔からのお姉さまで、いい方だわ。いまだに私はなんのかのと心配ばかりかけて――私って、ホントにしょうが無いのねえ。(何を思い出したか、ホロリと涙声になっている)

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山鳩の声が二つ三つ。

その声の中から出しぬけに男の声。
[#ここで字下げ終わり]

敏行 おーい! 春子う! おーい!(呼びつゝ山の傾斜を駆けおりて来る。急速に近づく足音と声)ちっ、こんな所にいたのか、何をしているんだあ?
やあ金吾君、相変らず元気だね?
金吾 ああ、これは敏行さま、しばらくでがして――
春子 あなた、いつ、こっちへ、いらしたの?
敏行 やあ、はは! いつと言って、今さ、鶴やに聞いたら、この方角だと言うからね。
金吾 知らして下さりゃ、駅までお迎えにあがるんでしたのに。
敏行 いや、急にやって来たもんだからね。でも駅にちょうど人力があってね。二人引きを頼んだら早かった、はは。さ、小屋へ帰ろう。こんな所に突っ立っていてもつまらん。
金吾 フランスからお帰りになった御挨拶もまだ申し上げてなくて――お帰りなさいやし。
敏行 やあやあ。なにね。どうも忙しくって、はは、さあさ行こう。
春子 ねえあなた、ごらんなさいまし。これがそのカラマツの苗畑ですの、金吾さんが守って下さった――
敏行 え、なんだ?
春子 そら、お父さまが、よく言いなすってたじゃありませんの? 金吾さんが三四年もの間チャント世話を焼いて下さって、立派にこうして苗木が育っているの。ありがたくって私――
敏行 そうか。そりゃ大変だったろう。そいで、こいだけの苗木、いつになったら売り出せるの? 全体でどれ位の値になるんだい?
金吾 そうでやすねえ、まだこいで後二年位は見てやらねえと――そうでやす、わしはまだ値段のことなぞよく知らねえんで。
敏行 ええと、これ全体で何段歩位あるかな? 苗木を売つて、どれ位の利廻りになるんかな、地代に対してさ?
春子 だって、この畑はそんな意味でお父さんお買いになったんじゃないわ。カラマツを育てて見ようと言う、つまり研究のために――
敏行 わかっている。し
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