下ばえが
クマ笹を交え
風が死んで
高原に露がおりはじめたようだ

そうですよ中村の奧さん
あんたには
おれがどうしてこうなつたのか
どうしてもわからない
しかしねえ奧さん
あなた自身はどうして
そうやつて生きているのか
わかつているのかな?
肥料の生産を
もつとも大きな産業種目とするコンツェルンの
世間|態《てい》をとりつくろうための
勞働研究所で
グラフを作りながら
自宅ではセッセと
仲間とのゼミナールで
「東洋社會の形成」を研究している
中村の
社會學者としての大成を信じている妻
それを信じさせている中村
ほほえましい夫婦だ

右手をすかすと
うす白く光つて谷底を
夜の小川が流れていた
グラリと俺のからだが傾いて
ズルズルズルと熊笹をすべり落ち
傾斜の底の川ぶちに倒れた
しめりをおびた土の
はげしい匂いが鼻をついて
頬がかゆいので
手をあてるとヌルリと血だ
倒れた拍子に
切りかぶで切つたか
頬にさわりながら
そうだ東京を出てから
自分のからだに自分がさわつたのは
これがはじめてだと思つた
思つたトタンに
電流のように
女たちのことを思い出していた
戰場で銃彈に死ぬ兵士が
一瞬のう
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