勤の途上
あれはどこだつたろう
まだ枯れつくさぬ
街路樹に
午前の陽が
ヒョイとかげつて
枝がかすかに搖れたのを
見た瞬間に
フイとその氣になつて
汽車の切符を買つた
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「あの方が
そんなことをなさろうとは
どうしても思えません
私の家には
これまで
四五回もお泊りになつたんですけど
いつも快活な方で
ことにゆうべから今朝にかけて
よくお笑いになるし
朝など
中村が勤めに出たあと
味噌汁を吹き吹き
朝御飯を食べながら
ひわいな話をなさつては
私をからかうんですの
そして
やあお世話さまと言つて
フラリと出て行かれたんですの
前の晩の
宅との議論の中で
そんなつまらない會社などに
勤めていないで
宅の勤めている研究所の
統計課にあきがあるから
勤めを變つたらどうかと
宅がすすめるのを
あの方が
どこに勤めるのも同じだからと
笑つて返事をなさつていましたつけ
とにかく私には
どうして
そんなことをなさつたのか
まるでわからないんですの」
[#ここで字下げ終わり]

歩いていく足の下が
右の方へ
右の方へと
少しずつ傾いて
自然におれの足は
谷あいへ降りて行く
足の下の
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