なかを見せてコトコトと
驛舍の方へ歩み去つた
驛長よ
君はあと四半世紀
驛長の役を演じるように罰されている
おれはすでに
なぜここを歩くかを知らぬ
ああ
生れて三十五年
はじめておれは
理由のない行爲をする
ハハハ!
おれは笑つたが
笑い聲は聞えないで
あたりの草がサヤサヤと鳴つた
いつのまにか風が出ていた
振返ると
東の空がやや明るい
もうすでに
一時間歩いたのか
三時間歩いたのか
わからない
習慣になつている
左の手首をのぞいたが
時計も腕も見えないで
闇が見えた
そうだ
腕時計はおととい
板橋で賣つた
池袋の驛で
中村に會つて
いつしよに飮んでしまつたのだ
おれと中村が
いつもの店に行くと
いつもの仲間が飮んでいて
いつものとおり
議論と溜息と歌
中村と共に
そこを出て
目白の
彼の家に泊る
すでに一時になつているのに
今度は
彼の細君をまじえて
燒酎《しようちゆう》を飮む
やがて中村夫婦は奧に
おれは襖のこちらの居間に
眠つて
目がさめたら
今朝の十時だ
中村は
勤めに出かけたあとで
俺はすすめられるままに
細君を相手に
朝飯を御馳走になり
やがてそこを出て
會社への遅い出
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