捨吉
三好十郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)燒酎《しようちゆう》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)世間|態《てい》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
−−

星はない
風もたえた
人ごえも消えた
この驛を出た列車が
すでに山の向うで
溜息を吐く

白いフォームに[#「フォームに」は底本では「フオームに」]
おれと
おれの影と
驛長と
驛長の影と
それだけがあつた

見はるかす高原は
まだ宵なのにシンシンと
太古からのように暗い
その中で秋草が
ハッカの匂いをさせて寢ていた
海拔三千尺の
氣壓の輕さが
おれの肺から
空氣をうばつて
輕い目まい
このプラットフォームは
闇の高原に向つて 照明された
白い舞臺だ
おれは舞臺をおりて
闇の中に沒する
ブリッジはないから
線路を歩いて
左の方へわたると
あるかなきかの小道が
草の中へ消える

「もしもしそちらへ行くと
ズッと山ですよ」
驛長が呼びかけた
「いやいいんです」
驛長は
いぶかしげな顏で
すかして見たが
おれの微笑に
安心して

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