[#ここから2字下げ]
「ここから下り坂を
どんどん下ると
この下がごしよでえらの村でよ
そこを通つて
下《しも》の方へどんどん行くと停車場だ」
「もう君の目は見えるのか?」
「まだ見えねえ
この下り坂はあぶねえからのし
いつもここまで來ると
こけえらにぶつ坐つて
夜の明けるのを待たあ」
[#ここで字下げ終わり]
捨吉は道ばたの石に腰をかけた
見おろすと
谷底の村には
二つ三つ七つと
あかりがまたたいて
はるか左手に
五つ六つかたまつたのは
鐡道の驛だろう
[#ここから2字下げ]
「小父さん
この崖のすぐ下のなあ
上手《かみて》のはずれに
灯がともつてるずら
見ろえ
あれが しの屋だ
もうおよねさが
起きたかな?」
[#ここで字下げ終わり]
見えない目で
のぞき込む視線を追つて
右手の方をのぞいて見ると
闇の中に小さく小さく
まずしい宿屋の臺所口が ひらけていて
メラメラと燃えているのは
かまどの火か
人間はすでに起き出して
生活を始めた
生きるとも
死ぬとも
思わぬ間に
火をもしてる
捨吉と並んで坐つて
その暗い谷底を 眺めながら
泣きたくもない俺の頬に
とめどもなく涙が流れ下る
俺
前へ
次へ
全22ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング